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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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東亜紡織津工場専用線(近鉄伊勢線部田駅)
1961(昭和36)年1月22日で廃止になった近鉄伊勢線。
元は伊勢電気鉄道(以下伊勢電)として桑名~大神宮前(伊勢市内)に特急電車を走らせ参宮急行や国鉄に対抗していたことで廃線ファンには知られていますね。
桑名~江戸橋は今でも近鉄名古屋線として現役ですが江戸橋~新松阪~大神宮前は廃止になっています。
伊勢電は軌間が国鉄と同じ1067mmで貨物輸送も行っており、国鉄と接続していた伊勢電津(後の部田)駅からは専用線も分かれていました。

●錦華毛糸の三重県進出
金沢に本拠を置いていた錦華紡績が太平洋側に毛糸紡績で進出を試み、津に工場を建設。
1935(昭和10)年3月18日に伊勢電津~錦華毛糸津工場の専用線が直流1500V電化で竣工しました。
入換用スイッチャーはなく伊勢電の電気機関車が直接乗入れていたようです。
当時四日市港は国内有数の羊毛輸入拠点で、伊勢電経由で原料の羊毛を搬入していたものと思われます。

●戦時統合
戦時色が濃くなって来た1941(昭和16)年に錦華毛糸は中央毛糸と合併、東亜紡織となります。
さらに1943(昭和18)年には航空機部品をつくる軍需工場にされてしまい、紡織機は打ち壊され専用線でスクラップとして運び出されてしまったと言います。

●専用線廃止
戦後は東亜紡織の手に戻り繊維工場に復元されますが、専用線がいつ頃まで使われていたかは不明。
名古屋線改軌の1959(昭和34)年までには使用停止されていたと思われますが、伊勢線廃止時にもレールはまだ残っていたそうです。

専用線一覧では1953(昭和28)年版に載ってますが、契約相手名が合併前の中央毛織になっていたり、起点駅が隣の津新地駅になっていたり疑問点が残りますがデータは以下の通り
作業キロ:1.0km
作業方法:相手方機(?)、手押

DSC_2609.jpg
部田駅跡。
植込みの奥に旅客ホームの残骸が見えています。
手前に本線と側線が複線区間のように並んでいたそうです。

DSC_2611.jpg
伊勢線との並走区間。国道23号線と交差したところで伊勢線は右へ、専用線は左へ分かれます。
どちらも宅地化しているため、交差点に立っても線形を追うことができません。
この辺に90年代初頭まで複線分の架線柱が残っていたらしいのですが今は何もなし。

DSC_2613.jpg
国道23号線の裏手に専用線跡を利用した細長い駐車場があります。
さらに線路跡に建った住宅も線路の向きに忠実に土地を利用しているので周囲の建物と向きが違っています。

DSC_2614.jpg
住宅街を斜めに突っ切る専用線跡の敷地。
奥のマンションが工場跡地で、専用線もマンションに沿う形で右へ曲がります。

DSC_2615.jpg
工場跡。前方には工場跡でお馴染みのあの大型ショッピングセンターがあります。


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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 22:34:08 | Trackback(0) | Comments(0)