■プロフィール

にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー
■閲覧数(2014/8/12~)

閲覧数(2014/8/12~)

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
鶴舞交差点の架線柱標識(現存せず)
以前の「菊井町交差点~」の記事でも登場した架線柱標識。
他にもないかと名古屋市内の旧電車通りを歩くとき電柱に注目するのですがなかなか残ってませんね。
このタイプの鉄製電柱以外にも普通のコンクリ架線柱もあったのですがもう建て替わってるか標識のみ撤去したのでしょうか。

今回は2008年撮影で、現存しない旧架線柱です。
場所は↓画像の奥方向。名古屋高速の高架を挟んで反対側。
IMG_5966.jpg
鶴舞駅を通過するEF64 0番台も今や懐かしの存在です。

IMG_5964.jpg
鶴舞交差点の中央本線ガードすぐ横に先端に飾りの突起が付いた鉄製電柱が立ってました。
2010年頃まではあった気がしますがいつの間にか無くなりました。

IMG_5963.jpg
架線柱標識は北を向いており、いつも逆光になるので曇った日くらいにしか撮影できませんでした。

IMG_5963-1.jpg
東郊線は鶴舞公園~堀田の路線。
菊井町と同じ1972(昭和47)年3月1日に廃止されています。

因みにこの鉄製電柱、交差点や橋の上を中心に設置されたようです。
沢上跨線橋や大江跨線橋、中村公園大鳥居前などにも現存してます(架線柱標識はなかった)。
また名古屋市電と関係ない一宮市内の交差点にもあったりして、特に電車専用というわけではなさそうですね。
大体は旧道の交通量が多い交差点など、信号機がまだ多くない時代に早くも設置されたような箇所に多いようです。

IMG_5971.jpg
またまた脱線しますがその帰りに鶴舞駅で撮ったEF65 1059+ワムハチ+コキの春日井便~。
これまた懐かしの存在になってしまったもの。
貨物列車が来たから何となく撮ってみただけ・・・のような一枚ですがいつしか貴重な一枚になってしまいました。


スポンサーサイト

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

名古屋市交 | 23:22:45 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄DB15のこと
名鉄には1988(昭和63)年までDB15というディーゼル機関車が在籍していたことになっています。
1973(昭和48)年製の日本車輌製15t機・・・という普通のスイッチャー。
東名古屋港の日車大江工場の入換機だったようです。
停留場でも取り上げていますがどうも謎が多い機関車です。

日本製機関車製造銘板・番号 集成(渡辺肇著)には1973年6月に名古屋パルプDB15(製番2975)という15t機が載ってます。
名古屋パルプというと広見線可児川のDB75がいたところ。
「可児川でDB75でないスイッチャーを見た」という目撃談も聞いたことがありますがDB15だったのでしょうか??(予備機がいなかったのでDB75検査中にどこかから借入れた機関車という可能性も強いですが。)

となると考えられそうなケースは・・・
 ケース1. そもそも名古屋パルプ納入の記載が間違い。 受注したものの納入前にキャンセル
 ケース2. 納入後に返品
というところでしょうか?

db1502-1.jpg
因みにDB15のひとつ前の製番を持つ2974はデンカセメントDB1502。
2013年1月現在はえちぜん鉄道福井口車庫の入換機になってます。
恐らくDB15も同型と思われます。



テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

スイッチャー | 14:58:52 | Trackback(0) | Comments(2)
富士紡績小坂井工場専用線(東海道本線西小坂井駅)
旧小坂井町(現在は豊川市)の駅で、小坂井駅は飯田線。東海道本線の駅は西小坂井駅です。
というのも西小坂井駅の方が後からできたためです。
西小坂井駅のルーツは戦時中に専用線を分岐させるために新設された西伊奈信号場。
専用線のために生まれたような駅でした。

作業キロ:1.0km 総延長キロ:1.4km
作業方法:日通機

戦時中に陸軍航空本部の指令で住友金属工業の工場、専用線が建設されることに。
信号場・専用線建設の用地買収はすんなりと行ったようです。
と言うのも住民は将来的に信号場が駅に昇格するのを期待していたためとか・・・。
工場が完成したのは1945(昭和20)年6月(西伊奈信号場開業が6月10日となってます)。
が、たった2カ月で敗戦。工場も専用線も無意味なものに。

しかし住民の駅設置希望は間もなく適い、西伊奈信号場は1948(昭和23)年8月1日に西小坂井駅へ昇格。
そして住金の工場跡地には富士紡績が綿紡績工場をつくることになり1951(昭和26)年11月に竣工。
西小坂井駅からの専用線も復活します。
1951~53年度の統計では西小坂井駅到着貨物の30%を原料の綿花が、発送貨物でも製品の綿糸が50%超を占めています。

専用線一覧では1953(昭和28)年~1970(昭和45)年版で記載が見られますが。1970(昭和45年)版では使用休止になっています。

DSC_0416_20130107225302.jpg
以前から気になっていた西小坂井駅の上り側線の鉄製架線柱。
何だか私鉄っぽい雰囲気が・・・。
すぐ隣の飯田線であれば元私鉄線だからと納得がいくのですが??

DSC_0419.jpg
その側線から名古屋方に専用線が延びていました。

DSC_0420.jpg
実際には500mばかり東海道本線に並走してからひょいと北へ曲がって道路を渡り工場に入るだけ。
しかもかつての紡績工場も規模縮小により専用線が入っていた辺りは別会社の工場になっており面影はありません。
名残は東海道本線並走部分の路盤のみです。

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 20:38:20 | Trackback(0) | Comments(0)

FC2Ad

まとめ