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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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日本軽金属蒲原工場専用線4(東海道本線富士川)
廃線跡巡りが終わって今回は日軽金蒲原工場専用鉄道で使われていた個性的な車両群を再現して見ました。
客車があったり、独特な機関車を導入していたり車両面でもかなり見所がありました。

蒸気機関車時代(昭和20年代後半頃まで?)

keikin-pcs1.gif
通勤列車想像図。戦後間もない頃のイメージ。実際はもっと疲弊した姿だったでしょうが。
878号+相模キハ11+相模キハ1+同キハ2

1.元国鉄878号
1901(明治34)年 イギリスNasmyth Wilson製
関西鉄道「磨墨」形→国鉄870形878号→日軽金
日軽金で独自に番号が振られていたかは不明。
A8系(400形、600形など)に準じた形状ですが速度向上のため動輪径が若干大きいそうで。

2.元相模鉄道キハ11(ホ201?)
1936(昭和11)年 日本車輌製
池田鉄道(安曇追分~北池田 1938年廃止)キハ2→相模鉄道(現JR相模線)キハ11→日軽金ホ201
元はバケット付き二軸ガソリンカー。他の私鉄では同型車や類似車も多数いました。
イラストの姿は想像図なので客車の塗装等は不明(相鉄時代にはツートン塗り分けのモノクロ写真がありますが)

3.元相模鉄道キハ1,2
1932(昭和7)年 日本車輌製
相模鉄道キハ1,2→日軽金
こちらも元ガソリンカー。キハ11と比べ窓も小さく鈍重なイメージの車体でした。
日軽金での番号は不明です。
↑のキハ11のパターンからするとホ101,102といった辺りの番号が与えられてそうですが・・・。

keikin-6.gif
元南薩鉄道5
1898(明治31)年 アメリカBaldwin製
北海道炭鉱鉄道16→国鉄→5形6に改番→薩南中央鉄道6→南薩鉄道6→日軽金
こちらも日軽金で番号が独自にあったかは不明。
サドルタンク機で、ボイラーに覆いかぶさる亀の甲羅のような水タンクが特徴。
当初は軸配置Bだったが、従輪追加でB1に改造。

DL化後(昭和20年代後半~廃止)
DD102,103,DF105が確認できています。(忌み数の4号車となる104は欠番と思われる)
101もいたと思われますが詳細不明。
蒲原工場は三菱製で固めてます。しかも一癖も二癖もある車両ばかりで何かこだわりがあったのでしょうか?
因みに清水工場は川崎重工1,2、新潟工場は新潟鐵工所DL301~303と単一メーカーで揃えてました。

keikin-pcs2.gif
昭和20年代後半になると機関車はDL化。通勤列車にはボギー車が入っています。
DD102+三岐ホハフ201

1.DD102
1954(昭和29)年 新三菱重工業(現三菱重工業)製 38t機
日軽金→西濃鉄道
変速器は機械式変速と大型ディーゼル機としては初期のもの。
筑波鉄道DD501と同型。
日通の社史所収のカラー写真に小さく写ってました。
車体裾や端梁は白く塗られていたようです。
1966(昭和41)年に西濃鉄道へ譲渡。

2.元三岐ホハフ201
1899(明治32)年東京車輌工業所製
九州鉄道??→国鉄ホハユ3315→神中鉄道ホハ200→相模鉄道(合併)→三岐ホハフ201
神中鉄道入線時に新しい木製車体を載せ替えているので上回りは原型ではありません。
三岐鉄道では1953(昭和28)年に廃車されて日軽金入り。
塗装は不明なのでイラストは三岐時代のままということにしてます。
通勤列車がいつ頃まで運行していたかは不明です。

DD103
1961(昭和36)年 新三菱重工業製 50t機
軸配置Dで各車輪をロッドで結ぶという独特の構造。
キャブ下にジャック軸があり、ロッドと直結、両側各2軸の同軸に回転運動を伝えていました。
車体は凸型35t機のような(安中のDD352と似てる)のですが下回りがあまりに異様な機関車でした。
全軸を結ぶロッドの構造が複雑で曲線通過時などを考えるとかなり無理がありそうな機関車ですが実際どうだったのでしょう?
似たような機関車としてやはり新三菱が1959(昭和34)年に試作したDD451(片上鉄道→関東鉄道→八戸通運)があります。こちらは片上でも関東でもあまり評価が良くなかったようで、どちらでもそんなに使わないうちに手放しています。
三菱としてはDD451で失敗したものの当機で再チャレンジしたかったのでしょうか?
そんな機関車を引き受けた日軽金も相当冒険しているように見えますが(^ ^;)

keikin-df105.gif
DF105
1965(昭和40)年 三菱重工業製 70t機
軸配置BA+ABの永久連結機。
35t片ボギー機を背中合わせ重連にして、片方のキャブを取っ払ったようなスタイル。
このような運転台なしの機関車をブースターと呼ぶそうですが、国内では珍しいです。
連結部はゴム幌らしきもので覆われています。
先述のDD102置き換え用に導入されたのでしょうか?
キャブやボンネットの形状など車体各部の雰囲気はDD103と似ています。
モノクロ写真しか見てないので塗装は想像。

なお製品輸送には一般貨車を使っていたようですが、アルミナ輸送では私有貨車を使っていました。
タンク体が鋼製のタキ2000、アルミ製のタキ7400、8400、8450が清水港線三保~富士川、新潟を走っていました。
今でもタキ8450形8453が清水港線三保駅跡に保存されています。
DSC_0953_20130106132647.jpg

参考文献:
日本軽金属二十年史(日本軽金属)
日本軽金属三十年史(日本軽金属)
日本軽金属五十年史(日本軽金属)
RMライブラリ 三岐鉄道の車輌たち―開業からの50年―(ネコ・パブリッシング刊 南野 哲志、加納 俊彦/著)
RMライブラリ 西濃鉄道(ネコ・パブリッシング刊 清水 武/著)
レイル・マガジン2008年9月号特別付録CD-ROM 機関車表 国鉄編Ⅰ 蒸気機関車の部(沖田 祐作編 ネコ・パブリッシング)
鉄道番外録1~11(ないねん出版)
内燃動車発達史〈上巻〉戦前私鉄編(ネコパプリッシング刊 湯口 徹/著)
内燃動車発達史〈下巻〉戦前メーカー編(ネコパプリッシング刊 湯口 徹/著)


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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 14:00:40 | Trackback(0) | Comments(0)
日本軽金属蒲原工場専用線3(東海道本線富士川)
廃線跡は道路と斜めに交差し、その先は宅地と化します。

DSC_0963.jpg
それでも道路を横断する箇所では路盤の盛り上がりが見られます。

DSC_0961_20121228231828.jpg
落輪防止用と思われる警戒色のブロックがそのまま残ってました。
この先はまた宅地、さらにはアパートに。
廃線跡に建つアパート群はどうやら日軽金が大家さん(?)のよう。

DSC_0965.jpg
廃線跡の道路上から富士川駅方を見ると富士山が見事。
今でも現役なら人気が出そうな専用線ですね。

DSC_0966.jpg
道路は工場直前で終わります。
かつての鉄道門は塞がれていますが・・・

DSC_0968.jpg
その前には水路を跨いでいた橋梁の工場側橋台と・・・

DSC_0967.jpg
警報機の台座や配線が残ります。
工場前でT字路になっているため新蒲原駅側を向いた警報機と山側の陸橋を向いた警報機があったようです。

専用鉄道は工場構内奥深くに延び、機関庫なども残っているそうですが見ることはできません。

この専用鉄道はアルミナ供給元の清水工場が三保にあることから清水港線と一蓮托生の存在で、1984(昭和59)年4月1日の清水港線廃止により同時に消えています。

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専用線跡 | 13:47:56 | Trackback(0) | Comments(0)