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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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千頭森林鉄道尾崎坂停車場跡の保存車
寸又峡温泉から林鉄跡の林道を辿り、今でも名所の飛龍橋を越えた先にある千頭森林鉄道尾崎坂停車場跡、構内の千頭ダム方に保存されている車輌群です。
以前は林鉄の車庫もあった千頭駅裏で保存されていましたが、千頭営林署が無くなりこちらに移設されたようです。
尾崎坂停車場は寸又峡温泉にあった大間停車場の次で、大間川支線を分岐していました。
大間川線は軌道の林道化拡幅工事で路盤が削られてしまい本線との接続箇所は定かでありません。

DSC_0680.jpg
先頭の機関車は1957(昭和32)年酒井工作所製の5t機。
林鉄の機関車としては珍しくディーゼル機関車らしい番号があり、「DB6」のナンバープレートが付いています。
屋根上に2本のエアタンクがある独特の外観で、エアブレーキによる貫通制動が可能でした。
この方式は東京営林局管内の林鉄機関車に多かったようですが、他局でもいくらか採用例はありました。

DSC_0682.jpg
全面窓は左右が縦長、中央が横長の長円形のHゴム支持。
このスタイルは木曽では少数派ですが酒井のDLには多い形状です。
また現役時の写真からは機関車のラジエターグリル前面には「本谷行」や「大樽行」といった行先表示も付けていたようです。
因みに千頭林鉄の機関車は千頭発車時に山行きが正位(運転士が座って正面を向いた状態で運転)となっていました。

DSC_0679.jpg
側面から見ると・・・どう見ても湘南色。
白帯が入った姿はかつての山陰本線113系5800番台車を思い起こさせます。
千頭林鉄現役時のカラー写真はあまりないのですが塗り分けはほぼこの通り
実際に上半オレンジではあったよう。
白帯が入った車輌と入ってない車両があり、下半は濃い紅色(?)
東京営林局管内の機関車は水窪、気田、末期の世附などもこの塗り分けだったようです。

DSC_0688_20121028210808.jpg
運転席。

DSC_0678_20121028210807.jpg
富士重製の鋼製運材台車には集材機が載せられています。
実際こんな使われ方もしていたのでなかなか良い展示方法かと・・・。

DSC_0677.jpg
大型モーターカーも富士重製(見た感じではメーカー形式T34Nになるのかな?メーカー形式R108)。
番号はGM10とあります。GMはガソリンモーターカーということでしょう。


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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 21:52:39 | Trackback(0) | Comments(0)
久々野駅の側線(中部電力高根水力専用線)
中部電力の朝日、秋神ダム建設資材輸送のため最寄りの久々野駅に側線が建設されました。
作業キロ:0.3km 総延長キロ:0.3km
作業方法:日通動車→私有機

「久々野町史」によると1952(昭和27)年8月9日に上り3番線(延長158m、有効長94m)、中電専用1番線(延長296m、有効長224m)、中電専用2番線(延長230m、有効長187m)が完成。
翌1953(昭和28)年1月25日には日通専用突込み線(延長102m、有効長60m)が完成しています。
当時は日通の移動機が配置され入換に当たっていたようです。
朝日ダムへは16㎞に渡る索道で資材を輸送していました。

その後、高根第1、第2ダム発電所建設に際し、1965(昭和40)年6月~1969(昭和44)年7月の間に大輸送が行われました。
この時は中電の私有機が配置され、東藤原から小野田セメントの30tホッパ車(ホキ3500や三岐のホキ3000~6000などか?)で輸送していました。
私有機はいずれも大井川鉄道井川線から移籍。
いずれも加藤製作所製です。
1936(昭和11年)製のDB1形はDB6が1962(昭和37)年に、DB4は1969(昭和44)年に移籍。
1956(昭和31)年製のDB51形DB52が1965(昭和40)年に転入しているようです。
db51-1.gif
DB6,4は平凡な鋳物台枠L型機でしたが、DB52は異色のセミセンターキャブ機。
両端のオーバーハングが大きく、ピッチングが激しそうですがどうだったのでしょう??

この3台が同時に使われていたのか入れ替わりがあったのかは不明。

DSC_0931_20121015231250.jpg
久々野駅から30㎞ほど東にある高根第1ダム。少し下流には第2ダムもあります。
久々野駅からここまではトラック輸送が行われました。

DSC_0952.jpg
岐阜方にあった中電専用線跡。現在も保線車の車庫などが置かれています。

DSC_0937.jpg
中電のヤード横を上ってくる高山本線のキハ48。

DSC_0858_20121015231246.jpg
久々野駅構内岐阜方で本線と専用線をくぐるガード。かつてはこの左側からダムサイトへ向かうトラックが続々と出て来ていたのでしょう。

DSC_0856_20121015231245.jpg
セメントホッパー跡?周囲は石積みなのにたいしてここだけコンクリートを充填して埋めたような跡が・・・。
かつてはホッパ車で到着したセメントを線路下に設けたサイロへと降ろし、適宜ダムサイトへトラック輸送していたといいます。

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専用線跡 | 23:10:00 | Trackback(0) | Comments(0)
久々野駅の側線(名古屋営林局専用線)
久々野駅は分水嶺の宮峠を挟んで南側に位置し、高山本線最高所(標高676m)の駅です。
かつては久々野営林署も置かれ木材の出荷、ダム資材の到着が盛んな駅でした。
作業キロ:0.2km 総延長キロ:0.4km
作業方法:国鉄動車(当初は手押し)

DSC_0943.jpg
駅舎横の一般貨物の側線跡は保線車両の留置場所になっています。

DSC_0945.jpg
1994(平成6)年(?)新潟鐵工所製N-MCR-600。
JR東海の保線車としては珍しい塗装ですね。

DSC_0950.jpg
3番線から裏手の名古屋営林局専用線跡方向を望む。
貯木場は陸橋の向こう側にあったはず。

戦中、戦後の一時期は青屋川沿いや野麦峠方面に久々野営林署所管の森林鉄道もあったようですが、
こちらはほとんど情報が集まりません。

久々野営林署管内の森林鉄道










路線名新設年度延長撤去年度
青屋1937~19385,765m1950~1954
野麦・日影沢1950~19523,370m1954

次回はこの反対側にあった中部電力専用線です。


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専用線跡 | 22:38:01 | Trackback(0) | Comments(2)
今池駅の駅名標
最近通学(?)中に毎日見るものから。

DSC_0779.jpg
今池駅東山線ホームにある駅名標。
1960(昭和35)年6月15日の東山線栄町~池下開業当時からのものと思われます。
最近まで上に別の表示板が貼られて隠されていたようです。
他の駅の柱にも同様の駅名標が密かに残っているのでしょうか?

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名古屋市交 | 22:00:16 | Trackback(0) | Comments(0)

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