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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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岐阜市内線のモ592
末期の名鉄美濃町線徹明町~日野橋で使用されていたモ590形。
長良川花火大会の時には観客輸送のため岐阜市内線へ応援に入っていました。
画像はいずれも2003(平成15)年8月2日夕刻に撮影。

IMG_0191.jpg
美濃町線のイメージが強いモ590ですが元は市内線で使用されており1971(昭和46)年にギヤ比を63:14から58:19に変える高速化改造を行って低速の岐阜市内線から比較的高速走行が多い美濃町線へ転属しています。
日頃は美濃町線でもメインラインから外れた徹明町~競輪場前~日野橋で使われていたのでモ590が「満員電車」になっている光景には新鮮味を覚えました。

IMG_0193.jpg
徹明町でいつもは美濃町線側の単線に忘れられたようにポツンと止まっているのがこの日は繁華街側を行きます。

IMG_0197.jpg
忠節まで一往復して新岐阜駅前に戻って来たモ592。独特の赤味の強いクリーム色に塗られた車内が映えます。
花火の日は岐阜市内線と揖斐線の直通運転は中止され、各線内の折り返し運転が行われ車両が不足するため揖斐線ではモ510形も動員されていたものと思われます。

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名鉄 | 22:50:04 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄ワム5000形→豊橋鉄道ワム20形
2005(平成17)年に閉園した渥美半島伊良湖岬近くの伊良湖フラワーパークに保存されていた豊橋鉄道渥美線ワム20形ワム21。
元は愛知電気鉄道→名鉄のワム5000形で豊鉄ワム21は名鉄時代ワム5014でした。
愛電ワム5000形の製造所年はわかっていませんがワム5011が1924(大正13)年、ワム5014が1925(大正14)年製で少なくとも50両以上はいたようなので何年かに渡って製造されたものと見られます。
15t積み有蓋貨車ですが愛電時代当初は線路規格の関係上10tしか積めなかったとのこと。
国鉄ワム1形と同型ということなので三河鉄道出身のワム500形と大差なかったようです。

199603_2.jpg
製造当初は木造車でしたが写真のワム5014→豊鉄ワム21は鋼体化改造されています。
当車の鋼体化工事が名鉄で行われたものか豊橋で行われたのかはわかっていませんが、名鉄では木製貨車の鋼体化がよく行われていたようです。
名鉄ワム5000は他にも通風車ツム5500形へ改造されたものもいました。
車体はごく平凡な鋼体ワムですがバッファー穴が残ります。
渥美線貨物廃止の1984(昭和59)年に廃車になっていますが軸受は一段リンクのため1968(昭和43)年10月改正以後国鉄線へは乗入ができなくなっていたはず。
渥美線内だけで運ぶ需要がそんなにあったのでしょうかね。
1996.4頃 伊良湖フラワーパーク

199603_1.jpg
前に連結されていたのは豊橋鉄道デキ201。
1939(昭和14)年木南製作所製の渥美ED1→名鉄デキ151→豊鉄デキ151→豊鉄デキ201と改番されています。
名鉄時代も他線区へ行くことなく引き続き渥美線で使われていた様子。
見ての通り南海型の凸型電機で北陸鉄道石川総線ED201と同型ですが北鉄ED201が車体延長や前面2枚窓化など改造されているのに対し南海原型に近い前面4枚窓でした。
1996.4頃 伊良湖フラワーパーク

愛電ワム5000→名鉄→豊鉄ワム20は写真のワム21は無くなったものの豊鉄ワム23、24が静岡県内で倉庫として健在らしいので見てみたいものですが所在を突き止められていません(- -)

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名鉄 | 21:39:22 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄ワム5200形
日中戦争が泥沼化して太平洋戦争開戦も近付いてキナ臭さが増していた1940(昭和15)年国鉄でワム23000形15t積有蓋貨車を鋼材節約のため木製化したワム50000形の製造が始まっていました。
このワム23000とワム50000は鋼製か木製かということを除き車体構造は同じで見た目もほぼ同じですが木造のワム50000は強度を得るため筋交いが入っているのが外観上の相違点でした。
名鉄でも国鉄ワム50000と同型のワム5200形が新造されています。
その内のワム5212号が2007(平成19)年まで瀬戸線の喜多山車庫で入場中の電車連結時の控車兼救援車として使用されていました。

IMG_5473.jpg
1942(昭和17)年日本車輌製のワム5212。
かつての黒貨車の姿をとどめる貴重な存在でした。
車体は鋼体化されていましたが強度に不安があったのか一部の筋交いは残されています。
2004.09.20 名鉄瀬戸線喜多山

IMG_3492.jpg
軸受は二段リンク化されておらず一段リンクのままで1968(昭和43)年10月ダイヤ改正で国鉄線乗入承認は取り消されていた様子。
この頃には旧社章や「名古屋」の文字も消されて一見国鉄貨車のような見た目になっていました。
2006.05.03 名鉄瀬戸線喜多山

IMG_9721.jpg
この日は車体更新車のデキ379と連結されていました。
2007.05.12 名鉄瀬戸線喜多山

IMG_3496.jpg
黒いデキ376と連結されると昭和30~50年代の貨物列車の雰囲気。
やはりこの組み合わせが良いですね~。
2006.05.03 名鉄瀬戸線喜多山

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名鉄 | 21:33:29 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄舞木工場のワム6000
久しぶりに舞木工場を覗いてきました。
P1130096.jpg
元三河鉄道唯一の生き残りデキ303はまだ健在。横にはEL121,122も入場中。

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いつもは常滑線大江にいるレール輸送用のチキ10も入場中でした。

P1130100.jpg
注目はワム6001、6002。
国鉄ワム60000と同タイプの名鉄自社発注車で1962(昭和37)年日本車輛製。
車籍が無くなりワムの文字も消されていますがワム60000タイプで本線上に載っているのはかなり貴重。

P1130104.jpg
登場当初はハワイアンブルー塗装だったと聞きますが当時の写真は見たことなし。
後に普通の黒貨車になっています。ワム6001~6025がおり、以前は新川工場にワム6003、6004、犬山工場にワム6005、6006、他に貨車ダルマ化したものも見ましたが新川、犬山のワムはデキとともに姿を見なくなりました。
全国にワム60000のダルマ倉庫は多いですが車輪が付いているのを見たのはこれだけかも(T T)
ワラ1は救援車や保存車を見てるもののワム70000の車輪付きは見たことがないですね。

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名鉄 | 22:29:39 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄高運転台車の記憶 譲渡車編~その1~
名鉄高運転台車には他社へ譲渡されたものもありました。

まずは7300系。中間車2両を除く28両が豊橋鉄道渥美線へ移籍しました。
名鉄グループの一員で1954(昭和29)年までは名鉄本体の一路線だったこともあり、車両や施設面からも元々名鉄色の濃い路線がますます名鉄線っぽくなりましたが間もなく東急7200系で車種統一されることになり豊橋鉄道7300系は案外短命に終わりました。
1997_1.jpg
名鉄から譲渡されて高師車庫で改造中の7300系。
左には1900系(元名鉄5200系)、右はデワ11。
デワのパンタが上がっていたので暫く待ってたら入換しないかなとも思いましたが動かずでした。
右隅は元長野電鉄のモ1811。
この年の7月2日に渥美線架線電圧を直流600V→1500V昇圧。全車7300系に置き換えられました。
1997(平成9)年5月頃 高師

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三河田原旧駅に勢揃いする7300系3編成。赤青黄の全バリエーションがそろってカラフルです。
2000(平成12)年春頃 三河田原

2000_3.jpg
ノーマルの赤にクリーム帯タイプ。車番不明
2000(平成12)年春頃 三河田原

2000_2.jpg
青塗装のなぎさ号7307Fク7207+モ7307。犬山遊園でさよなら運転を見送った編成です。
2000(平成12)年春頃 三河田原

2000_1.jpg
黄色塗装のなのはな号7304Fク7204+モ7304。
2000(平成12)年春頃 三河田原

前面貫通扉には名鉄時代サボを掲げていましたが豊橋鉄道では1900系廃車発生品を利用して方向幕に改造してありました。

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名鉄 | 21:48:18 | Trackback(0) | Comments(0)
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