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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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名鉄瀬戸線矢田の踏切と矢田川橋梁
P1120593.jpg
前回矢田駅の貨物側線の記事でこの写真を撮った矢田駅尾張瀬戸方の踏切ですが瀬戸線の中でも好ましい場所です。

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一段高い場所にある踏切からは下町の風情がある街並みとその先には異質な感じのナゴヤドーム。

P1120589.jpg
踏切への階段にはおかしなところに木製電柱の切り株。
どう考えても通行に邪魔な位置ですが電柱が建っていた頃はどんなだったのでしょう?

P1120588.jpg
階段の上に踏切。

P1120586.jpg
尾張瀬戸方を見るとすぐ瀬戸電の撮影名所の一つ矢田川橋梁があります。
急曲線、急勾配の悪条件下に見通しの悪い踏切があると運転する側からすると相当気を遣いそうですが。

P1120640.jpg
隣の矢田川橋梁へ。
釣り掛け駆動の6650系、6750系がいた頃は足繁く通った瀬戸電ですがステンレス車ばかりになってからはあまり撮っていません。
特にステンレス車アレルギーは無いのですがほぼ4000系単一車種になって1,2本撮れば事足るためかな?
今の職場から近過ぎて休みの日まで行きたくないというのが最大の理由かも(^ ^;)

P1120642.jpg
この日しばらく待ったのは現在の瀬戸電唯一の異端車3300系3306Fが運用に入っていたのを捕捉したため。
使用が敬遠されているのか毎日通勤中に瀬戸電を見ていても案外見かけません。
喜多山付近の高架工事中の編成不足を補うためで終われば本線に転属するそうですがどうなるのかな?
本線の3300系は塗装変更されているためこの製造当初の装いも記録しておきたいところ。

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名鉄 | 23:02:21 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄3800系の近鉄線乗入認可のこと
昭和20年代に名鉄新名古屋駅(現・名鉄名古屋)と近鉄名古屋駅間に連絡線があったことは鉄道ファンだけでなくテレビでも紹介されていることから結構知られているようです。
近鉄名古屋駅で撮られた名鉄3800系の直通記念列車や名鉄に乗り入れて小坂井支線、飯田線経由で豊川まで乗り入れた近鉄6311系の写真がちょいちょい紹介されているほか養老線経由で西大垣まで入ったとか近鉄車が田口鉄道まで入ったなどの未確認情報も聞きますがどこまでが本当なのかよくわかりません。
名鉄3800系による乗り入れ運転は1950(昭和25)年8月からということですが国立公文書館に近鉄側の名鉄3800系認可申請書類が所蔵されています。
3800系はモ3800形+ク2800形の2両編成でモ3800形35両、ク2800形36両が存在しました。
600V電化の西部線(旧・名岐鉄道)と1500Vの東部線を1500Vで統一して直通運転が開始された1948(昭和23)年5月から導入が始まり1954(昭和29)年のク2836号まで増備が続きました。

kin3800-1.png
kin3800-2.png
国立公文書館所蔵の名鉄3800系近鉄乗入認可書類の一部

3800系の製造や近鉄乗入認可を年表にしてみました。
「名近」は名鉄近鉄双方、「大陸」は大阪陸運局を意味します。

1947.04.28 名鉄 3801F~3820F(1次車)設計認可(日本車輌製)
1948.05-12 名鉄 3806F~3820F(1次車)順次竣工
1949.05.26 近鉄 名鉄3801F~3820F(1次車)近鉄名古屋線乗入認可申請
1949.09.05 名鉄 3821F~3825F(2次車)設計認可(日本車輌製)
1949.09.?? 名鉄 3821F~3825F(2次車)竣工
1949.11.25 名鉄 3826F~3835F(2次車)設計認可(帝国車輌製)
1949.12.?? 名鉄 3826F~3835F(2次車)竣工
1950.07.27 大陸 名鉄3801F~3820F近鉄名古屋線乗入認可
1950.08.04 名近 名鉄3830Fによる名鉄・近鉄直通記念号運転
1950.08.25 近鉄 名鉄3821F~3835F近鉄名古屋線乗入認可申請
1950.09.23 大陸 名鉄3821F~3835F近鉄名古屋線乗入認可

・・・名鉄・近鉄直通記念号に使われた3830Fは未認可で乗り入れてたんですね(^ ^;)
走らせた後で2次車の乗入認可がないことに気付いたのかな?
なお年表中にないク3826はかなり後、名鉄・近鉄乗り入れが行われなくなった後の1954(昭和29)年輸送機工業製です。

名鉄3800系は途中で他所譲渡や7300系新製時に危機を譲り渡したりして数を減らしながらも1989(平成元)年まで名鉄線上で活躍・・・していたのですが私は当時名古屋に住んでなかったので見たことがないです(^ ^;)
他社譲渡されたものには辛うじて間に合いましたがいずれも原型からはかなり改造されてました。

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大井川鐡道クハ861(元名鉄3800系1次車)
名鉄ク2805→大井川クハ510→クハ861
1970(昭和45)年に3805Fモハ3805+クハ2805が大井川鉄道へ譲渡され転換クロスシート化。
310系モハ310+クハ510として急行すまたなどに使われていたが1986(昭和61)年にクハ510を展望車に改造。
前面くらいにしか面影がありませんが一番最後まで残った3800系。
まともに走っている写真もあまり見ないのですがどれくらい使われたのでしょう。
1996(平成8)年8月10日 千頭

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富山地方鉄道クハ16(元名鉄3800系1次車)
名鉄ク2812→富山地鉄クハ16
1968(昭和43)年に富山地方鉄道貸出、翌年に譲渡したもの。
前面非貫通化、台車変更など大改造されて名鉄時代の面影が薄いです。
小学生の頃の撮影~もうちょっと引いて撮れや・・・(爆)
黒部峡谷鉄道に乗りに電鉄富山~宇奈月温泉の地鉄本線乗り通して行ったら土砂崩れで運休~
家族は不満たらたらでしたが自分一人だけ地鉄電車を堪能して大満足していたのでした。
1991(平成3)年7月21日 電鉄富山

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大井川鐡道モハ3822(上)+クハ3822(下)(元名鉄3800系2次車)
台車、主電動機を7300系に譲り渡した後の抜け殻を大井川鐡道手持ちの機器で電装したもの。
モハ3822は南武鉄道モハ153→国鉄クモハ2002→大井川モハ308由来の機器で台車、モーターは国電標準品。
クハ2822は武蔵野鉄道サハ5651→西武モハ234→大井川クハ504。近江モユニ10の仲間だった車両。
何故かモハ3822の向かって左の尾灯が無くなってますがこの新塗装に変更される前から無かったようです。
この日見た電車では元西武のクハ512も向かって左の尾灯が取られていました。
本当は旧塗色のモハ3829+クハ2829を撮りたかったのですが新金谷で昼寝しており撮れず終い(- -)
1996(平成8)年8月10日 千頭

近鉄への乗り入れは団体や臨時で何度か行われてるようですがこれらの車が近鉄線上を走ったことがあるのかはわかりません。

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名鉄 | 22:49:29 | Trackback(0) | Comments(2)
名古屋鉄道名古屋本線西枇杷島駅の側線群 番外~旧枇杷島橋駅~
1949(昭和24)年8月1日に西枇杷島が旅客営業を再開する際に入れ替わりで廃止になった駅です。
貨物扱いはないですが現在でも枇杷島分岐点として枇杷島デルタ線の扇の要になっているところなので省くわけにもいきません。

P1080861.jpg
枇杷島分岐点手前、名古屋市側より庄内川橋梁に差し掛かる3500系。
庄内川橋梁の下流側(右側)に1958(昭和33)年に架け替えられる前の先代橋梁の橋台が残っています。

P1080860.jpg
他にも所々橋脚の土台部分の残骸らしきものが見えます。
橋梁架け替え時に庄内川の河川改修が行われておりかつて存在した中州(道路の枇杷島橋から入れる有人島だった)も掘り返されて川底になりました。

P1080858.jpg
渡り切ると名古屋本線(右)と犬山線(左)が分岐。ここを通過する時車内で立っている人はよろめくことが多いよう注意地点。
車内放送でもいつしか通過直前に「列車が左右に揺れるのでご注意ください」と言うようになった場所(^ ^;)

P1080857.jpg
振り返ったところ。
左に行けば間もなく西枇杷島駅。

P1080859.jpg
旧橋時代はその左側に線路と枇杷島橋駅ホームがあったはず。
配線が多少異なり犬山線分岐はより急カーブだった様子。
2両分のホームがあったとのことですが西枇杷島駅以上に拡張が難しいことが廃止になった理由の一つだそうな。
それでも名岐特急停車駅だったというのは驚異。

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18m級のデボ800形2両編成で止まれたのだろうか・・・。
当時の特急は3両編成もあったのですがまず間違いなくはみ出して止まっていたのでしょうね。
各務原線のパノラマカー6両編成の如く・・・(爆)
写真は豊田市鞍ヶ池公園のモ805+ク2310。

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名鉄 | 22:56:11 | Trackback(0) | Comments(2)
旧名鉄一宮線の岩倉跨線橋撤去
1965(昭和40)年4月25日に廃止になった名鉄一宮線の岩倉~元小山にあった愛知県道63号名古屋江南線の跨線橋。
一宮線廃線後跡地を利用した愛知県道149号浅野羽根岩倉線を跨ぐ跨道橋となってからも半世紀以上使われましたが最近通ったところ取り壊し中でした。

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廃線後も「名鉄線」の文字が刻まれていた銘板が付いた親柱は既に撤去済み。

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明治から大正に改元された直後の1912(大正元年)8月6日に犬山への路線と共に名古屋電気鉄道初の本格的鉄道線として開業した頃は複線でしたが名岐線(現在の名古屋本線)開業後は存在意義が薄れ第二次大戦中に単線化。
跨線橋は単線化後につくられたものですが複線分の桁が単線の上を跨いでいました。

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架線を吊っていた碍子かスパーク避けの板を支えていたものと見られるボルトが突き出ていました。

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名古屋側の盛り土は既に取り除かれており岩倉跨線橋撤去後はただの交差点になるようです。

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一宮線最終日に運用に就いていたという3730系ク2740+モ3740編成を鉄コレ豊橋鉄道モ1751+ク2751(元名鉄モ3755+ク2755)発売時に購入して改装しました。
少し待てば名鉄仕様も発売されたのですが・・・(^ ^;)

名鉄一宮線は尾張一宮、新一宮駅まで後ちょっとの場所で途切れた東一宮駅が終点。
末期のダイヤは30分ヘッドだったそうですが列車代行の名鉄バスは1時間に3,4本で尾張一宮駅前まで乗り入れ。
公共交通機関の利便性が上がっているのは良いことで僕もよく使う路線です。

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名鉄 | 23:37:55 | Trackback(0) | Comments(0)
新鵜沼短絡線(名鉄犬山線新鵜沼駅~JR高山本線鵜沼駅)~その2~
新鵜沼短絡線の続き。

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高山本線鵜沼駅富山方の山崎街道踏切から鵜沼駅構内を見た様子。
辛うじて引上げ線の一部が残ってますが短絡線部分は住宅になって面影なし。

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同じ場所に短絡線のレールが一部残っていた頃。
新鵜沼方には既に住宅建築中で犬山線との接続は切られてますが辛うじて一部のレールが残ってました。
右の側線の車止めも木組みの味わい深いものでした。
2012(平成24)年5月5日撮影

新鵜沼短絡線からは犬山線、小牧線内各駅発着の貨物、さらに広見線新広見駅が発着していました。
ここから入る貨車の発着先としてはニチボー(犬山線犬山)、東洋紡(犬山線木津用水)、福玉精麦(犬山線布袋)、進駐軍→自衛隊小牧基地(小牧線豊山)に専用線がありました。
1950年代の関西電力丸山ダム建設時には最寄りの国鉄連絡駅で太多線と接続する広見線新広見駅だけでは容量が足りず新鵜沼短絡線でも貨車を授受していました。
電気機関車は大型機は入って無かったようですが旧名岐デキ100、旧三河デキ300、旧愛電デキ370、東洋紡私有機デキ110、元関電私有機デキ250、電動貨車デキ1500など多彩な顔ぶれが見られたようです。


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名鉄 | 21:27:24 | Trackback(0) | Comments(0)
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