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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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出光興産専用線(北陸鉄道石川線道法寺駅)~その2~
道法寺の出光興産専用線2回目。

P1100055.jpg
ホーム末端から野町方を見た様子。
乗って来た7100系7102Fを後打ち。石川線(かつては能美線、金名線でも)では後ろの方向幕を非表示とするのがデフォ。
ここにもシングルアームパンタが導入されたんですね。
7102F左に専用線の路盤が少し残っており、その延長線上の住宅の奥に油槽所(ガス倉庫?)がありました。

P1100057.jpg
専用線分岐部跡。以前は複線分架線柱が残って側線が延びていた雰囲気が多少あったものの建て替えられてかつての専用線ど真ん中に電柱が建っています。

P1100065.jpg
専用線跡から道法寺駅方を見た様子。
宅地化されているので面影はなし。

P1100066.jpg
何もないかと思ったらNTTの電話線に「出光」の文字発見。
他に何もないので出光があったことから出光分線と名付けていたのでしょうか。

P1100080.jpg
道法寺から鶴来へ戻る電車は1編成のみ存在の7700系。
同じ元京王井の頭線3000系の浅野川線8900系と見た目の印象は変わらないのですが架線電圧が浅野川線は直流1500Vに昇圧されたのに対し、石川線は直流600Vのまま。
こちらもシングルアーム化されています。

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 19:08:02 | Trackback(0) | Comments(0)
出光興産専用線(北陸鉄道石川線道法寺駅)~その1~
北陸鉄道石川線が金沢近郊の住宅街から田園地帯に入り山も近付きローカルムードが出て来る辺りにある交換駅。
昭和30年代に出光興産の専用線が出来ています。
1957(昭和32)年以降に新設されたようで専用線一覧表では1964(昭和39)年版~1970(昭和45)年版で確認。
石川線の貨物廃止は1976(昭和51)年なのでそれまでに廃止されたものと思われます。

作業方法:社機
作業キロ:0.4km

子供の頃住んでた時(90年代前半)はまだ油槽所(というよりガス倉庫?)があったような覚えがありますが今では新しい住宅が建っています。
ということは結構最近まで油槽所が残ってたのかも?

P1100063-2.jpg
道法寺駅入り口。
貨物扱いがあった頃は駅舎があり有人駅だった様子。
90年代時点ですでに駅舎は無くこんな風でした。最近整備されたらしい駅前広場が出来ていました。

P1100061-2.jpg
島式ホームは狭いながら待合室もあります。
北陸鉄道は旧型電車が使われていた時代から近代化された駅が多く渋い木造駅舎などはあまり残っていませんでした。
電車は新型車を入れて駅舎は古かった富山地方鉄道とは対照的です。

P1100068-2.jpg
道法寺駅を西側から見た様子。
バックには獅子吼高原へ連なる山並みが近付き風景はローカルムード。

P1100071-2.jpg
鶴来方から見た様子。
専用線は左の線(野町方面上り線)から分岐していた様子。

P1100072-2.jpg
ホームから見た野町方。
専用線は左の上り線が本線へ合流するのに対し直進して油槽所に入っていました。

専用線跡 | 22:22:11 | Trackback(0) | Comments(0)
白石工業桑名工場(?)専用線(三岐鉄道伊勢治田駅)~その2~
伊勢治田駅の専用線、貨物扱い跡2回目

P1090605.jpg
西藤原方を見た様子。
左の2本が旅客線で手前の線が貨物線。

P1090606.jpg
西藤原方から構内を見た様子。
左端に架線柱が線路1本分余分に広がってますがそこが貨物ホーム跡と見られます。

P1090607.jpg
貨物ホーム跡は駐車場や保線資材のバラスト置き場になっています。
専用線と貨物ホームがイコールの存在なのかあくまで一般貨物扱い用のホームだったのかはわかりません。
白石工業は鉱業所からトラックで炭カルや石灰石持ち込みだったと思われるので構内配線や道路の便を考えると積込み場所は貨物ホームと同じこちら側にあったものと思われます。

P1090611.jpg
伊勢治田駅北側には小さな古いアパートがありますが銘板によると小野田セメント(現・太平洋セメント)治田共同住宅で1960(昭和35)年7月起工、12月竣工。設計は日本住宅公団(現・都市再生機構)とのこと・・・。
住んでいた社員さんは東藤原の工場まで1駅通勤していたのでしょうか。

P1090613.jpg
小野田セメント社宅から伊勢治田駅構内の線路へ上がる階段が付いているのが謎・・・ここに白石工業専用線の施設があって西藤原へ移転後空き地に社宅が建ったとも考えられそうですが。

P1090615.jpg
旧小野田セメント社宅の富田方。
ヤードでまともな状態の線路は貨物本線のみで他の線路は寸断されていたり架線が撤去されていたりで様相が変わりつつあります。

専用線跡 | 23:42:53 | Trackback(0) | Comments(0)
白石工業桑名工場(?)専用線(三岐鉄道伊勢治田駅)~その1~
西藤原駅の白石工業専用線は以前取り上げましたが西藤原以前には伊勢治田駅に専用線があったことになっています。
恐らく西藤原の石原産業海運四日市工場採石場→四日市採石専用線が使用されなくなったことで空きが出たことから白石工業三重工場により近い西藤原へ専用線を引っ越したものと思われます。
伊勢治田に専用線があった時代に付いては時代が古いせいか地元や三岐鉄道の古株の方でもご存知ないようで推測するしかない状態です。

作業方法:社機
作業キロ:0.1km

P1090595.jpg
広大な伊勢治田駅のヤード。現在はガランとしていますが以前は余剰のホキ10000や解体待ちの電車や機関車が留置されていた時代もありました。

0095.jpg
伊勢治田側線に留置されていたホキ10000形群の1両ホキ10016。
1つ山側の東藤原に留置仕切れない貨車を置くための副ヤードとも言える存在でしたが今ではそこまで必要とするほどの貨車が無いのか。
2006(平成18)年2月11日撮影

P1090599.jpg
旅客列車は島式ホームを通りますが貨物列車は旅客ホーム側でなくヤード内の線路を通るものがあります。

P1090597.jpg
西藤原方を見た様子。
貨物ホームは既に残っていませんがこの画像右端の位置にありました。

isehatta-1961.png
上とほぼ同じ位置から1961(昭和36)年2月19日に撮影された画像を「はーさんの鉄道・旅・よしなし草 (別館)40年前の鉄道風景」管理人様よりお借りしました。
モハ120+クハ210が入線する右側に貨物ホームが見えています。ホーム横には木材が積まれていますが出荷品なのか到着品なのかは不明。

P1090600.jpg
伊勢治田駅舎。員弁川の河岸段丘上の集落中心にある駅。
員弁川を挟んで北にある北勢線阿下喜駅まで歩いても1.5km程度の距離でく30分もあれば乗り換えることも可能。

P1090602.jpg
外は酷暑でしたが駅舎の待合室前では床面が冷たくて気持ち良いのかお昼寝ニャンコが1匹。何とも長閑です。

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専用線跡 | 22:26:41 | Trackback(0) | Comments(0)
西濃鉄道昼飯線昼飯駅の側線、専用線群~その1~
今は亡き西濃鉄道昼飯線昼飯駅の側線。17年前に自分が撮った写真と現状を比較して見ます。
専用線跡と言っても西濃鉄道側線扱いの線路です。
専用線一覧でも1983(昭和58)年版だけ専用線として扱っておりほかの版では出て来ません。

①上田石灰製造専用線
作業方法:社機、移動機
作業キロ:0.2km

②古田石灰工業所専用線
作業方法:社機
作業キロ:0.1km

hirui-map1.png
昼飯駅構内配線図
5番線が①上田石灰製造専用線、本線か3番線のどん詰まりが②古田石灰工業所専用線と思われます。

P1090669.jpg
ワ108の回でも上げた画像ですが再録。昼飯駅舎跡から美濃大久保、美濃赤坂方面を見た様子。

img144-1.jpg
同一地点で駅舎、レールがあった頃に撮影したもの。
左から2番、本、4番、5番が並んでいます。
昼飯線は既に休止中でしたがこの撮影より2年ほど後に美濃赤坂に縁のある勤め先の先輩から「年に1,2回機関車だけで昼飯まで走ってるみたいだよ。試運転なんじゃないかな?」というなかなか気になる話を聞きました。
2002(平成14)年2月25日撮影

img144-3.jpg
昼飯駅舎に掲げられた駅名板。「晝」は昼の旧字体です。
2002(平成14)年2月25日撮影

P1090667.jpg
昼飯駅奥側。ホッパーも線路も撤去されて3番線に面した貨物ホームの石積みだけが残っています。

img144-2.jpg
線路があった頃の昼飯駅奥側。
三岐鉄道ホキ3000などの廃車群が留置されていた時代はここまで来たことが無く撮影していません。
線路は左から5番、4番、本、3番線。
3番線ホーム上にあったホッパーは撤去されていたものの奥の古田石灰工業所のものと思われる積込み施設はまだ残っていました。
左端の5番線には上田石灰工業所の石灰積込みホームが上屋付きで残っていました。
かつてはテム、テラなどの黒い鉄製有蓋車、末期はワム80000へ積み込んでいたそうです。
列車の乗入が実質無くなった後もなぜか長いことワム80000が1台留置されており時折留置場所が微妙に移動していたという怪談じみた話を某専用線御大から聞いたことも。
2002(平成14)年2月25日撮影

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専用線跡 | 23:41:47 | Trackback(0) | Comments(0)
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