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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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高山本線高山駅の貨物側線・専用線群~その3~
高山本線高山駅専用線で唯一所在がはっきりしている専用線で岐阜方の引上線から分岐していました。

●三菱石油専用線
作業方法:国鉄機
作業キロ:0.1km
総延長キロ:0.1km

P1060697.jpg
専用線が見えるのは高山駅岐阜方の花里跨線橋から。
威風堂々8両編成で「山都」高山を発車して行くワイドビューひだ8号。
飛騨が行く本線手前に見える線路が引上線。

P1060699.jpg
花里跨線橋から岐阜方を見た様子。
引上線(左)は掘割の中を平坦に進み、本線(右)は宮峠へ向けた勾配を上って行きます。
三菱石油専用線は引上げ線末端付近で左に分岐してすぐ終わりと言うささやかなものでした。
左に見える赤十字マークの高山赤十字介護老人保健施設はなさとの場所に生糸の紡績工場と油槽所があったとのこと。
ここにあった油槽所は地元石油販売店のものだったと思うとのことでしたが専用線名義は元売り企業名なのでよくわからないところ。

takayama-map.jpg
国土地理院の空中写真より1977(昭和52)年9月16日の高山駅。
三菱石油専用線とその末端の油槽所のタンク群、専用線上にはタキが1台留置中のようで貨車の陰が見えます。

P1060700.jpg
引上げ線末端を拡大・・・すると何やらアヤシゲな曲線が見えます。
掘割上のダンプカーが止まっているところが油槽所のタンクが並んでいた辺りで現在は高山赤十字介護老人保健施設はなさとの駐車場になっています。

P1060703.jpg
角度を変えて見たところ。三菱石油専用線跡が雪の上にくっきり現れていますね。
引上げ線の停止位置目標と比べて見てもせいぜい貨車1台分しか有効長がなさそうなごく短い側線だったことがわかります。
↑の空中写真でもタキが1台しか写っていませんがそれでも入線可能な限界目一杯だったようです。

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 23:23:24 | Trackback(0) | Comments(0)
高山本線高山駅の貨物側線・専用線群~その2~
駅裏側にあった貨物ホーム。
こちらは何の積込みに使われていたかはわかりませんが木工所が多かったこと、高山営林署、久々野営林署がこちら側にあったのでやはり木材でしょうか。

P1060657_201902082218062c1.jpg
奥に見える車止めの向こう側にホームがあったようですが駐車場になって跡形もなし。

P1060722_20190208221807cb4.jpg
下り6番線の車止め。

P1060724.jpg
その反対側がホームだったはずですが現在は高山駅白山口ができています。

P1060726.jpg
橋上駅舎から富山側を見た様子。
高山機関区跡地。扇形庫や転車台、大型の炭積み装置がありましたが駐車場になっています。
それでも留置線が多く利用者(ほとんど特急ワイドビューひだですが)も多いためJR東海の非電化駅としては最大級の規模。

P1060733.jpg
この日はキヤ95第一編成が止まっていました。

P1060689.jpg
かつての機関庫北隣、高山市社会福祉協議会横の公園には元高山機関区所属の19648(1917(大正6)年12月川崎造船所製)、高山客貨車区所属のキ132(1934(昭和9)年浜松工場製)が保存されています。
前面3枚窓のキ100は珍しいです。

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専用線跡 | 23:07:02 | Trackback(0) | Comments(0)
高山本線高山駅の貨物側線・専用線群~その1~
専用線ではあるのですが国鉄側線の一部のようで違いがよくわからないところです。

高山市は飛騨地方の政治、経済、文化の中心で小京都として知られる街並みは現在も観光客を集めているので説明するまでもありません。
明治時代以前の木材生産はヒノキ林が育つ阿多野(高根村・・・現在は高山市に合併)、小坂など南部の益田郡が中心で、高山がある北部は加工時の狂いが大きいブナ林中心のため木材産業では後れを取っていましたが明治以降西洋家具が入ってくると曲げ加工に強いブナ材の有用性が高まりました。
さらに製紙原料の木材チップ、合板の材料としても用途が拡がり高山は木材の集散地となりました。
高山本線が延びると当然素材、加工品、木材チップの輸送が行われています。
P1060738.jpg
高山駅構内の高山産家具PRコーナー
木材自体の産出は減ったが技術は生きている

●日本通運専用線(原木線)
作業方法:国鉄機、手押
作業キロ:0.1km
総延長キロ:0.1km
木材専用線ですが日通名義になっており荷主は不明。

●興国人絹パルプ専用線
作業方法:手押
作業キロ:0.1km
       ↓
●日本通運専用線(チップ線)
作業方法:国鉄機、手押
作業キロ:0.1km
総延長キロ:0.1km
専用線一覧表1964(昭和39)年版では興国人絹パルプ、1967(昭和42)年版以降は日通名義になっています。
興国人絹パルプ(現在は興人)はセロファンなど化成品原料の溶解パルプをつくるため木材チップをトラ90000で富山工場(富山港線奥田貨物駅に隣接)へ運んでいたものと思われます。

P1060695.jpg
右端の不自然に曲がった線路は留置線として使用されている上り2番線。

P1060695-1.jpg
かつては上の赤線のように右に貨物ホームに接する上り3番線(③)、左には上り1番線(①)がありました。
②上り2番線と③上り3番線の末端にはトラバーサがあり、貨車を横方向へスライド移動させることも出来たそうです。
反対の左端には下り6番線。その右の多数の線路が分岐する線路の延長線上にも貨物ホームがありました。

takayama196903-1.jpg
当日ご案内いただいたくるまや軽便鉄道さんより貨物扱い盛んなりし1969(昭和44)年3月の高山駅構内入換の画像をお貸し頂きました。
1つ前の画像の撮影場所から本線を渡った反対側から撮影されたものでC58 226がバラエティーに富んだ貨車群を牽き出しているところ。
2両目は白帯車のワ10000形かワ12000形辺り?右には貨物側線の上り1~3番線が見えます。
この写真が撮影されて半年後の1969(昭和44)年10月1日に高山本線は無煙化されますがC58 226は七尾線に転じて2年ほど生き延びています。

takayama196903-2.jpg
今度はC58 266が①上り1番線よりタキ3000+ヨ6000を牽き出すところ。
引上線の先にあった三菱石油専用線か飛騨一ノ宮の石油専用線に出入りしている貨車でしょうか?
奥の③上り3番線にはトキ25000やワム70000などが見え、その向こうの貨物ホーム上には原木がはい積みされ巨大な積込みクレーンにベルコンや倉庫群と賑やかです。

P1060660.jpg
現在は建物ができて当時と同じ位置より撮影できないのでなるべく近い場所から。
貨物ホーム上には新しい交番などができて貨物扱い当時の面影は薄れています。

P1060734.jpg
上り3番線の線路は撤去されているものの貨物ホームは一部が現存。
この辺に上り2番線とをつなぐトラバーサがあったようですね。

P1060735.jpg
1番ホームより岐阜方を見た様子。手前は上り1番線撤去跡。
ここは貨物ホームも撤去済みに見えますが向こうの方を見ると・・・。

P1060655.jpg
貨物ホームの石積みがなぜか一部だけ残っています。
当日は工事や積雪でわからなかったのですが旧貨物ホーム上には貨物移動用のナロー軌道も敷かれていたそうです。

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専用線跡 | 22:32:25 | Trackback(0) | Comments(0)
日本通運(石油線)専用線(高山本線上枝駅→高山駅)~その2~
高山本線上枝駅の専用線2回目。
ここの専用線は専用線一覧表上では日本通運専用線と通運業者名義のため実際の荷主がわかりません。
地元情報として高山市内の某石油販売会社ではないかとの情報は聞いているのですが。

P1060667.jpg
富山方から見た上枝駅構内。
右の安全側線の横、油槽所の塀との間に側線を敷けそうなスペースはあります。

P1060669.jpg
線路敷と油槽所の塀の間には深い水路があり塀にも切れ目やパイプラインのあった跡などは特にうかがえず。
やはりここでタキからの荷下ろしはしていないのか。

P1060670.jpg
油槽所は空き地になり表札も外されています。

P1060675.jpg
岐阜方から見た上枝駅構内。

P1060677.jpg
岐阜寄りの貨物ホームと、専用線のレール。
専用線一覧表では1984(昭和59)年版で確認。
1982(昭和57)年度に上枝駅貨物取扱いが廃止になって以後国鉄側線を高山駅所属の専用線として残したのだろうか?

P1060678.jpg
1番線との接続は切られ、引上げ線上には会社事務所が建ってレールは短縮されています。
作業方法は国鉄機となっており高山駅から一駅だけ牽いてきたDD51がタキを引上げ線へ押し込み。
貨物ホームへの引き入れにアントが使われていたようです。


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専用線跡 | 22:51:10 | Trackback(0) | Comments(0)
日本通運(石油線)専用線(高山本線上枝駅→高山駅)~その1~
高山本線上枝駅の専用線。
上枝は高山本線で高山駅の一つ富山寄りの難読駅で読みは「ほずえ」です。
かつては油槽所が存在し岐阜方から1995(平成7)年9月までDD51牽引の石油貨物列車の発着がありました。
しかし専用線一覧表1984(昭和59)年版を見ると不思議なことに専用線は高山駅扱いとされています。

作業方法:国鉄機
作業キロ:4.7km
総延長キロ:0.2km

↑を見るとわかるように作業キロが総延長キロに対して異様に長いことに気付きます。
因みに高山~上枝の営業キロは4.6km高山本線のまるまる1閉塞区間を専用線入換作業扱いで走ることになりますが実際運転上はどういう扱いだったのでしょう?
上枝駅での貨物扱いは1982(昭和57)年3月1日廃止、統計上でも貨物発着量は1981(昭和56)年度までしか記載が無く以降は高山駅の発着量に計上されています。
同時に旅客扱いの乗降者数の記載も消えており合理化により上枝駅を無人化したことが貨物を高山駅扱いとした理由のようです。

hozue_1.png
国土地理院空中写真1977(昭和52)年の様子。
当時はまだ有人駅で貨物営業も行っていました。
富山方(上)の左側に円形の石油タンクが固まった油槽所、岐阜方(下)の右側の貨物ホーム、専用線に貨車が2台留置されているのが写っています。

P1060666.jpg
上枝駅の駅舎。
標準的な設計の木造駅舎ですがこの手の駅舎も建て替えが進んで少なくなりました。

P1060686.jpg
駅舎横のトイレもこれまた今となってはあまり見なくなったもの。
Nゲージでグリーンマックスのキットにある古い駅舎のトイレがこんな感じですね。

P1060685.jpg
駅舎内。
駅出札窓口の飛び出したところに時刻表が設置されているのも無人化された駅舎によくある改造。

P1060684.jpg
小荷物窓口のカウンターには誰がつくったものか木でつくられたデフ無し9600が置かれています。

P1060676.jpg
改札を入るとタブレット閉塞機を設置していた頃の出っ張りもそのまま。

P1060680.jpg
1番線(上り)ホームに上がって富山方を見た様子。
国鉄末期まで構内踏切で2番ホームとをつないでいたところに作りが新しい跨線橋を新設したようです。

P1060682.jpg
富山方の左には側線がありますがこれが貨物側線だったのかただの保線車用側線かがよくわかりません。
側線の左奥には油槽所のブロック塀があり油槽所へガソリンを降ろすには最適な場所の側線に見えるのですが・・・。

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専用線跡 | 23:40:39 | Trackback(0) | Comments(0)
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