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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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新川口臨港線(名鉄三河線新川町駅)~その2~
新川口臨港線の続き

線路は新川北岸の工場、倉庫街へ延びていました。新川口駅と言っても特に駅舎などがあった様子はなく元々が構外側線のようなもの。
1955(昭和30)年2月1日の建前上の廃止前後で変化はあったのでしょうかね?

P1050161.jpg
新川町駅の碧南寄り踏切には臨港線の分岐跡がしっかり残っています。
コンクリート舗装の箇所は元々の線路の周りの舗装。その間のアスファルト舗装が臨港線を埋めた跡です。

P1050162.jpg
その先は住宅地の道路になりますがすぐに住宅の敷地に突っ込んでしまうのでたどれなくなります。

P1050160.jpg
次に線路と交差するのは新川交差点付近。
愛知県道50号、302号線などが集まる五差路交差点を横断していました。
臨港線も含めるとかつては七差路というカオス交差点・・・(^ ^;)

こことは関係ないですが現役の三河線すぐ近所の北新川駅にも交差点のど真ん中を横断するカオス踏切が存在します。
P1050135.jpg
北新川駅北交差点を斜め横断する知立行6000系~

P1050159.jpg
閑話休題~新川交差点南東角には臨港線の線形の名残をとどめる箇所があります。
県道50号の標識裏住宅と車道の間にある三角スペースがそれ。
臨港線は左奥の新川町駅からカーブして中央の茶色い倉庫上屋辺りから県道50号の標識の場所を通り手前へ続いていました。

P1050156.jpg
新川交差点の先は道路沿いに店舗や住宅、倉庫、その裏を臨港線が通っていましたが痕跡はあまり残っていません。
フレア、ゴーストの酷い画像ですが道路に面した車庫と右のマンションの間にわずかに臨港線跡の敷地が残っています。
奥が新川町駅方向。

P1050154.jpg
新川口の臨港線末端付近。
臨港線があった頃の倉庫に木製電柱、黒いデキ、ワムが屯していたアヤシゲなヤードの雰囲気はほぼ皆無。

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貨物側線跡 | 23:44:55 | Trackback(0) | Comments(0)
新川口臨港線(名鉄三河線新川町駅)~その1~
名鉄三河線の支線だったのが側線扱いになって残っていた路線です。
1915(大正4)年8月17日に三河鉄道新川町~新川口0.6kmが開業、新川港周辺三州瓦など焼き物が盛んな工業地帯で貨物扱いを行う臨港線でしたが1955(昭和30)年2月1日に廃止・・・と言っても扱いが構外側線に変わっただけで1977(昭和52)年5月24日まで貨物列車が運転されていました。
今でいうと四日市港駅が廃止になってもセメント貨物が走っている関西本線の支線四日市港線みたいなものでしょうか。
最終的に廃止になった理由は衣浦臨海鉄道碧南線が開業するためでこちらは入れ替わりに1977(昭和52)年5月25日に開業しています。

P1050165.jpg
古いんだか新しいんだかよくわからない雰囲気の新川町駅。
タブレット扱い時代の名残があることからかなり古い駅舎のはずですがあまり古さを感じさせません。

P1050175.jpg
現在の三河線はワンマン対応6000系電車の天下。新川町では上下列車が交換します。
どちらも6000系ですが製造が長期に渡り、窓や方向幕の大きさLED表示機への変更などバラエティーに富んでいます。

P1050171.jpg
新川町駅の貨物ホームがあったのは2番ホームの裏。架線柱や用地に名残があります。

P1050169.jpg
貨物側線跡は車いす用スロープなどに利用、貨物ホームや倉庫の跡は名鉄パーキングになっています。

P1050168.jpg
新川口への臨港線は貨物ホームとは反対に碧南方の海側に延びていました。

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貨物側線跡 | 22:56:00 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄瀬戸線矢田駅の貨物側線跡
現在の瀬戸線一の急曲線と鉄橋に挟まれた矢田駅。
焼き物の町瀬戸から流れる矢田川のそばの台地の縁にありすぐ傍にナゴヤドームが望めます。
かつては軌道線らしい大型ステップ付きの電車が1両か2両で走っていたのが徐々に大型化して今では19m3扉の4両編成が窮屈そうに停車します。
こんな小駅でも1951(昭和26)年まで貨物を取り扱っており貨物側線がありました。
主にどのような貨物を扱っていたのかはよくわかっていません。

P1120571.jpg
矢田駅栄町(堀川)方にある架道橋。矢田名物の瀬戸電唯一のトラス橋です。

P1120577.jpg
一枚上のトラス橋をくぐって右へ曲がると矢田駅尾張瀬戸方面乗り場。
栄町方面乗り場は架道橋手前の路地に入っていく必要があり、間違えると大迂回を強いられる初心者泣かせの困った構造をした駅でもあります(^ ^;)

P1120607.jpg
尾張瀬戸方面改札を入って栄町(堀川方)を見た様子。
トラス橋より向こう隣の大曽根駅までは高架化時に線路が付け替えられルートがかなり変わっています。
旧線跡は住宅地化時に整地され区割りを含め痕跡がありません。
手前に見える瀬戸電以来の鉄製架線柱には建植時期なのか大13-12・・・1924(大正13)年12月の標記が見られます。

P1120604.jpg
貨物側線があった尾張瀬戸方を見た様子。
右の上り線から下り線へ右手前から左奥方向へ渡り線があり、その奥で下り線から左手前方向へ貨物側線が延びていました。
1951(昭和26)年の貨物取扱い廃止後まもなく撤去されたようで1957(昭和32)年の配線図からは既に消されていました。
横から直角に交わる短い線路は保線用軌道バイクのアクセス線路。

P1120580.jpg
貨物側線跡を駅の外から見た様子。駐車場になっています。
駅前の道は瀬戸電と並行する瀬戸街道(愛知県道15号名古屋多治見線、61号名古屋瀬戸線重複区間)で渋滞の巣窟。

P1120581.jpg
尾張瀬戸方の半径120mカーブ上から矢田駅を見た様子。
制限35km/hで岐阜市内の軌道線亡き現在では名鉄一の急曲線とのこと。
瀬戸電の準急、急行は矢田駅通過ですがこのカーブ、さらに矢田川を挟んで連続して急カーブがあるため減速を強いられます。

P1120593.jpg
矢田駅に進入する4000系4009F栄町行普通。

yada_freight.png
矢田駅貨物取扱量の変遷。末期の2年分しかデータがありませんが悪しからず。
愛知県統計年鑑(愛知県)より

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貨物側線跡 | 23:03:57 | Trackback(0) | Comments(0)
播但線新井駅の側線跡
播但線新井駅構内の専用線以外の側線跡を見ていきます。

P1110769.jpg
待避線ともう一本右に突っ込んで行き止まりの側線があったようです。

P1110772.jpg
実はこの列車に乗るはずだったのが間に合わず仕方なく発車を撮ることに(爆)
はまかぜとキハ41撮影で時間を食いすぎたかな(^ ^;)

P1110714.jpg
待避線の側は道路が無いのでこちらでの貨物の積み降ろしはできなかったようですね。

P1110713.jpg
明延鉱山からの鉱石や一般貨物は左の方、駅舎の和田山側の駐車場の位置にあった貨物1,2番線で扱っていたようです。

P1110725.jpg
ホームには銀の馬車道×鉱石の道 日本遺産認定の横断幕が掛かっています。
こちらは生野銀山~飾磨津(飾磨港)49kmを結んだ生野鉱山寮馬車道という馬車専用の舗装道路のこと。
1876(明治9)年に完成し、1895(明治28)年の播但鉄道生野開業まで鉱石輸送の主役を務めました。

関西電力専用線の詳細がわかりませんでしたが1970(昭和45)~1974(昭和49)年に駅近くを流れる円山川の支流の多々良木川にロックフィルダムの多々良木ダムが建設されています。
またその東側の市川には同時期に黒川ダムを建設、両ダム湖の落差を利用して揚水発電を行う奥多々良木発電所が置かれています。恐らくその資材輸送のために一時的に設置された専用線と思われます。
円山川は城崎温泉の先で日本海へ、市川は播但線沿いに姫路へ流れ瀬戸内海へ注ぐ川で新井、生野付近は分水嶺が入り組んだ場所になっています。

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貨物側線跡 | 22:04:21 | Trackback(0) | Comments(0)
長良川鉄道美濃市駅の旧貨物側線と保線車
うだつのある街並みで知られた美濃市街より高台に上ったところにある駅。

P1110106.jpg
長良川鉄道越美南線美濃市駅。
旧名鉄美濃町線美濃駅に近いですがこちらの方がより町外れ側。

P1110107.jpg
駅前左手に上る坂道の先に貨物ホームがあります。

P1110103.jpg
貨物ホームと貨物側線が2本。
現在も保線用に使用されています。
白い北陸重機製モーターカーが置かれています。

P1110096.jpg
軌道モーターカー
北陸重機工業2011(平成23)年5月製18t機
製番:3181-M01
型式:HDMB-18MP

P1110097.jpg
飛騨小坂駅に置いてあったものと同じ型。
以前JR東海名古屋工場に同じような白いモーターカーがいましたがもしかして同一個体?
18という番号が書かれていますが長良川鉄道で18台もモーターカーがいたとは思えません。
自重を番号にしている??

P1110095.jpg
旅客ホームから見た貨物側線と貨物ホーム。
越美通運の車庫もあり貨物扱いが行われていた頃の面影を感じさせます。

minoshi.png
岐阜県統計書(岐阜県)を元に作成した越美南線美濃市駅の貨物取扱量。
1960(昭和35)年度の取扱量だけが妙に多いですね。
その後は横ばいか漸減で越美南線貨物扱い廃止の1974(昭和49)年度まで貨物扱いが行われていました。

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貨物側線跡 | 00:06:17 | Trackback(0) | Comments(0)
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