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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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旧・尾小屋鉄道DC121とじどうかんまえのエンジン
なかよし鉄道キハ3運転の一方で反対の終点側に留置されていたDC121。

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1952(昭和27)年10月協三工業製の12t機。
エアブレーキ搭載機ですが引き通し管はなく自車にのみ利くタイプ。
末期は前面向かって右の窓2枚がHゴム支持の1枚窓に交換されていましたが元の3枚窓に復元されています。

P1090936.jpg
扉の向きからするとこちら側が元の新小松方だったようです。

P1090930.jpg
センターキャブ機でエンジンがどちら側に積まれているのかはよくわかりません。
ロッド式の足回りは1917(大正6)年大日本軌道鉄工部製12t機を利用したとも言いますが軸距が全然違うので可能性は薄そう。

P1090931.jpg
元の尾小屋方前面。
こちらは向かって左の前面窓2枚がHゴム支持1枚窓化されていましたが3枚窓に復元されています。

P1090941.jpg
起点のじどうかんまえに展示されているエンジン。

P1090942.jpg
銘板を見ると真ん中に穴が開いており形式が読めませんが三菱重工業製で最大出力140HP 1300rpm、定格出力115HP 1000rpm、1952(昭和27)年7月製造ということからDC121の初代エンジンDF2L型と思われます。
動態保存後現在のエンジンへ換装した際に展示することになったのでしょうか。

P1090944.jpg
エンジンを後ろから。
左に接続されている機器は五光製作所製の変速機。

P1090945.jpg
五光製作所はかつて国鉄向けに貨車移動機も製造していました。
現在は列車やバスの車内トイレを製造しており鉄道に関わり続けている企業です。

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北陸私鉄 | 23:28:43 | Trackback(0) | Comments(0)
なかよし鉄道の旧・尾小屋鉄道キハ3運転~その2~
なかよし鉄道出張時の旧・尾小屋キハ3の2回目

P1090892.jpg
尾小屋方の附随台車。動台車と見た目は大差ありません。

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キハ3の車内を新小松側より見た様子。
ロングシートな上に中央運転台で3枚窓の真ん中が大窓なので市内電車然としています。

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エンジンが床下だけでは収まらず床上に飛び出している点は軽便気動車らしいです。
なお遠州鉄道時代のエンジンは90HPのいすゞDA45でしたが尾小屋ではキハ1、2と共通化のためか110HPの日産UD3に換装しています。

P1090895.jpg
新小松方運転席。
当然尾小屋方と同じですが計器を取り換えた時に配置が換わったのか微妙に違いが出て来ています。
左のシフトレバーがありませんが運転する時には尾小屋方のレバ-を引っこ抜いてこちらに持ってきて使います。
着脱式のブレーキハンドルと同じ発想。

P1090960.jpg
じどうかんまえを出発するキハ3。
指差し喚呼の瞬間を捉えることができました。中央の大型窓様々ですね。

P1090966.jpg
遠州鉄道時代のキハ1803の切り抜き番号の内尾小屋時代は3だけを白塗りしてキハ3としてましたが現在のところ元新小松方前面は180も白塗りしています。

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北陸私鉄 | 23:47:02 | Trackback(0) | Comments(0)
なかよし鉄道の旧・尾小屋鉄道キハ3運転~その1~
尾小屋鉄道キハ3が粟津公園(石川県小松市)のなかよし鉄道で出張運転されている時に行ってきました。
部品入手困難などの理由でキハ3の動態運転は後3年、粟津での運転は今回で最後のようで、昨日・・・9月15日に尾小屋鉱山資料館の展示線へ帰還したそうです。

P1090899.jpg
ホームに停車中のキハ3。
1954(昭和29)年汽車会社製の元・遠州鉄道奥山線キハ1803。
遠鉄仕様に復元された時は撮影に行けず仕舞いでした。

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協力金カンパで停車中は構内からの撮影もさせて頂けるとのことで。床下観察。
現役時代の写真を見るとこの画像手前側(動台車側)が新小松方を向いていたようです。

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新小松方の動台車。
エンジンは右に付いておりプロペラシャフトで右の車輪を駆動、左の車輪へはチェーンを介して動力が伝達されていました。
枕バネのつくりは国鉄DT17、21などに通じる雰囲気。

P1090890.jpg
エンジンは尾小屋廃止後交換されていないとしたら日産UD3のはず。
当時のUDトラックやバスと同じエンジンです。

P1090898.jpg
運転席。
機械式変速のためクラッチペダルやシフトレバーが見えます。

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旧・尾小屋方前面。

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北陸私鉄 | 23:41:23 | Trackback(0) | Comments(2)
えちぜん鉄道北陸新幹線高架借用区間
えちぜん鉄道が未開業の北陸新幹線福井駅付近の高架を借用している区間。
6月にはえちぜん鉄道用の高架が開通するのでそれまでの期間限定です。
かつて東海道新幹線が開業する前に阪急京都線が大山崎~上牧で借用していたことがありますがそれと比べるとごく短区間。
とは言え新幹線用の高架を私鉄電車が走る光景はユニークです。

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新幹線高架に仮設の新福井駅。
右からえち鉄新線、えち鉄現在線(北陸新幹線)、北陸本線の複線電化線3本が並んだ状態です。
どの線も頻繁に運転されるわけではないので阪急電車梅田~十三のようにはなりませんが。
えち鉄の高架はほぼ完成して線路、架線は敷設済みで信号機も点灯してました。
駅の内装や舗装など仕上げ段階に入っているようです。

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しらさぎ12号名古屋行が通過。北陸本線は既に側線が分岐していますがこの場所はもう福井駅構内。
えちぜん鉄新福井~福井の距離は500mしかなく、ホーム上からは福井駅で発車待ちの電車がよく見えます。
実際この駅間だけで利用する人はほとんどいないでしょう。

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上下ホーム間は構内踏切で結ばれています。
高架線上で構内踏切などと言うのは他で見たことがないですね。

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将来の新幹線の線路上をMc5001形がやって来ました。
現存するのは1形式1両の出合えたら幸運な電車♪

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三国芦原線で来ないかなと待ってましたがこの日は勝山永平寺線(旧越前本線)での運用に入っていました。
京福オリジナル最後の新製車。
1999(平成11)年武庫川車輌工業製でモハ5001、5002の2両が製造されたもののモハ5002は2001(平成13)年6月24日に発坂で正面衝突事故を起こし廃車。
立て続けに正面衝突事故を起こしたことから京福電鉄の福井県内路線も営業停止に追い込まれこのまま廃止かと思われましたがえちぜん鉄道の手で蘇りました。
福井は戦争中の福井空襲、1948(昭和23)年の福井地震と立て続けの人災、天災から復興し目抜き通りや祭りに「フェニックス(不死鳥)」の名前を冠しているほどですが鉄道に関してもその底力を存分に発揮してくれています。

P1010205.jpg
新福井から歩いて福井駅前に戻ってきました。道が真っ直ぐつながってないですがそれでも5分程度のもの。
左の高架が現在えち鉄が使用中の北陸新幹線の高架。
右の赤い建物が新しいえち鉄の福井駅。
使用開始まで後2カ月ほどです

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北陸私鉄 | 23:09:16 | Trackback(0) | Comments(0)
福井鉄道レトラム735号~その2~
735号は駆動方式も変わっています。

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福武線全線を走破して越前武生の側線に留置される735号。
シュツットガルトの市電は専用軌道、地下鉄区間、急勾配区間もあり735号にとって福武線程度のインターバン路線はお手の物でしょうか。

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すっぽりとスカートで覆われているため台車は半分しか見えませんが軸箱を三方向から防振ゴムで支持するシェブロン式。
直に見ることは出来ませんがモーターは台車ではなくディーゼルカーのエンジンのように縦向きで取り付けられているとのこと。
ユニバーサルジョイント付きの推進軸が内側の車軸を乗り越して外側の車軸を回す乗り越しカルダン方式が採用されているそうです。

P1010228.jpg
言うなればリアルサイズのNゲージ動力みたいなものですね。
画像はトミーテックの鉄コレ動力。中央のモーターから両端の台車へ推進軸が延び、ウォームギアで台車を回しています。


●名古屋市電の乗り越しカルダン車800形
日本国内で他に乗り越しカルダンを用いた電車は現存しませんが過去名古屋市電にいたことがあります。
meicity-812-1.png meicity-812-2.png
名古屋市電800形801~812
1956(昭和31)~1958(昭和33)年にかけて日本車輌で製造。
801号は試作的要素が強く11tの軽量車体でNSL(Nippon Sharyo Lightweightの略)と名付けられ登場しました。
港運輸事務所に配属され主に名古屋駅から名古屋港方面の路線で使われることが多かったようですが軽過ぎて脱線し易く、地下鉄名城線の延伸により路線、所属事務所が廃止され1969(昭和44)年には早々と全廃。
現在は漁礁として渥美半島赤羽根沖に沈んでいるそうな。
今でも港運輸事務所は市バスの車庫として使われておりよく前を通りますがピットの線路が残っていると聞きます。



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シュツットガルト時代の系統表示幕のスペースを行き先表示として流用しています。
かつての方向幕は健在で"Neckar stadion"行きになってました。
"stadion"はスタジアムのこと。
2018年現在のシュツットガルト市街の地図にこの名前そのものの電停は有りませんが市街地を南北に流れるネッカー川沿いに"NeckarPark(Stadion)"と言う終点の電停があるのでここと思われます。
電停近くには「ベンツ通り」、「ダイムラー通り」、「メルツェデス通り」がありドイツ自動車工業の中枢のような場所です。
電停名の由来となったスタジアムも「メルセデスベンツアリーナ」。
サッカーチームVfBシュトゥットガルトの本拠地です。

シュツットガルトの市電は1435mmに改軌され2007年にメーターゲージ線は全廃となりましたが、仲間の一部は路面電車博物館で大切に保存されています。
動態保存車もあって一部残されたメーターゲージ線で運転されることもあるとか。

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北陸私鉄 | 22:59:33 | Trackback(0) | Comments(0)
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