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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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津田沼の長野営林局王滝営林署 助六のB客と運材貨車
津田沼の王滝森林鉄道車両2回目

P1020080.jpg
田島停車場の停車場標も掲げられています。
上松起点:20,560.8m 延長2,303m
王滝村中心部に近く、今も巨大な修理工場の建屋が残る大きな停車場ですが構内延長2,303mもあったのか・・・。

P1020057.jpg
製造年月日が1940(昭和15)年9月10日と具体的な日付まで出てますが木曽谷の森林鉄道(西 裕之・著/ネコ・パブリッシング)や機関車表 フル・コンプリート版(沖田 祐作・著/ネコ・パブリッシング)によれば機関車は1951(昭和26)年製・・・となるとこの日付は何の日付なのか気になります。

P1020059.jpg
B型客車の王営No.4。
元は鮮やかな赤色だったのが色あせて薄いピンク色になってます。
車体には安全の文字と緑十字も残り標記類は現役時代の名残を良く残しています。

P1020058.jpg
「王営」は王滝営林署の略、「助六」は木曽の林鉄で最後まで残った鯎川線最奥部の助六谷。
林鉄は元よりナローファンの間で助六谷は伝説的な響きを持っています。
王滝営林署所属の客車は車体の隅に「五味沢」など所属する製品事業所名を表記していたようです。
王営No.4は板張りが横長に張られたタイプ。
ブレーキ制輪子は両輪とも画像の向かって右に付いています。
台車に使われてる運材貨車は岩崎レール製モノコックタイプ貨車と見られますが銘板がペンキベタ塗りで読み取れず。

運材貨車はどちらも岩崎レール工業製モノコックタイプ貨車。
客車の台車と異なりブレーキ制輪子が2つとも台車内側に付くタイプです。
P1020074.jpg
王営No.7

P1020075.jpg
王営No.6
こちらは銘板が残っていました。
製造:1960(昭和35)年6月 製造番号:20926

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森林鉄道(長野営林局) | 22:36:44 | Trackback(0) | Comments(0)
津田沼の長野営林局王滝営林署No.92
千葉県習志野市藤崎7丁目の森林公園。
最寄駅は京成本線の京成大久保駅ですが道が入り組んで分かり辛いのでJR総武線津田沼、新京成の新津田沼からのがアクセスし易いかも知れません。
何故か木曽から遠く離れたこの地に王滝森林鉄道の「田島停車場」があります。
その田島停車場で保存されている車両たちです。

P1020071.jpg
長野営林局野尻営林署No.107(旧番)→No.92→王滝営林署No.92
製造:酒井工作所
購入年:1951(昭和26)年
自 重:5t
局形式:GB5→DB5

1951年度に購入された5台の5t機No.91~No.93、No.95、No.96のグループ。
上松の赤沢自然休養林にNo.93、中央本線奈良井駅付近にNo.95、遠山の梨元ていしゃばでNo.96とNo.91以外はいずれも保存されており生存率が高いです。
No.107として野尻に配置された当初は加藤K-3エンジンを積んだガソリン機関車でしたがディーゼルの三菱セントラルKE-5に換装されています。
1966(昭和41)年4月には野尻森林鉄道廃止に伴い王滝営林署へ転属、1977(昭和52)年2月廃車とのことですが現地の説明板によれば1976(昭和51)年11月7日にはこの地へ搬入されていたようです。

P1020067.jpg
色褪せてはいるものの屋根の下なので保存状態は良いです。
エアブレーキ化改造されているため前部向かって右にコンプレッサがありますが野尻署時代の改造か王滝での改造かは不明。
ラジエター周りは黒塗りでコンプレッサ部以外塗り分けられてません。

P1020072.jpg
塗装は現役末期の王滝色ほぼそのままと思われますがドア下端、エンジンカバー前下端の黒塗りが省略されています。
また王滝色でも元々ちょっと変わった塗り分けで黒の細帯がえらく高い位置に入っています。
野尻森林鉄道のほかの機関車でも見られる塗り分けなのであるいは「野尻色」なのかも??

P1020073.jpg
背面は3枚窓。ところどころ塗装が剥げた個所からかつての塗色と思われるモスグリーンが見えています。

P1020068.jpg
No.92最大の特徴(?)キャブ前面に突き出た謎の配管跡。
かつては屋根上にエアタンクか水タンクでも載せていたのでしょうか。
これは車内を調査しなければわからなそうですが公開されることがあるのかな?

森林鉄道(長野営林局) | 22:38:00 | Trackback(0) | Comments(2)
柿其森林鉄道北沢支線北沢第一橋梁(仮称)
石積み築堤で分かれて行った柿其森林鉄道北沢支線へ。
kakizore-kitazawa-map.png
柿其線、北沢支線分岐点から事務所跡へ戻り北沢橋を渡って今度は柿其楢ヶ沢(北沢)林道を上ります。
間もなく北沢支線がこちら側の岸へ渡って来るはずなので木々の間から北沢の流れを確認しつつ進むと道路が右カーブするところで枕木が並ぶ橋梁が見えました。

これまで見てきたようなコンクリート橋かな?と思って河原へ降りて行くと・・・

P1010809.jpg
何と木橋でした。これだけしっかりした軌道木橋を見るのは久し振りです。
北沢奥の終点側1連がカーブした4連の木桁橋。全長10m強くらいでしょうか。
橋脚は全部コンクリート製で、上流側を岩場に守られた強固なつくり。
上空も両岸の樹木の枝で屋根がされて雪から橋を守っているかのような状態のためか保存状態は極上。

P1010806.jpg
木橋の部材は朽ちてくるとやせ細って行くのですがこの橋桁材は太く頼もしささえ感じさせます。
と言ってこの上を渡りたいなどとは絶対思いませんが・・・。

P1010796.jpg
北沢の中から見上げると至福~。
夏日でしたが北沢の水は1分と浸かっていられない冷たさでした(>皿<)

P1010800.jpg
縦構図の方が橋梁直下にある渕の柿其ブルーが際立ちます。
撮影した位置は浅瀬でしたが橋梁付近は相当深いので近付くのは危険。

P1010813.jpg
沢から林道へ上がると「何しとん?」とばかりに首を傾げるニホンカモシカが・・・
物好きがお邪魔してます(- -;)

No106-3.png
柿其の5t機No.106。モノクロ写真しか見てないので現役時の塗装はわかっていません。従ってこの塗装はあくまで想像。
1952(昭和27)年三殿営林署製となってますが台枠にはSAKAI WORKSの文字が。
酒井から台枠などを購入、手持ちのエンジンやキャブなど部品を掻き集めて組み立てたのでしょうか?
当初は蘭、与川森林鉄道で使っていたものと思われますが1957(昭和32)年度に野尻署から柿其線が移管された頃に柿其へ移ったものと思われます。
前面イラストが準備できてませんが正面から見ると台枠上に2つ目ライトに改造され独特の風貌になっていました。
1966(昭和41)年度の柿其線運材終了後も撤去作業などに使われたのか1970(昭和45)年8月まで在籍。
その後木曽福島の関山公園で保存されていたのですが2005(平成17)年頃に撤去。
見に行ったら直前に撤去されていたという苦い記憶のある機関車です。

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森林鉄道(長野営林局) | 22:05:56 | Trackback(0) | Comments(0)
柿其森林鉄道北沢停車場の施設~その2~
柿其森林鉄道北沢停車場構内2回目 柿其線、北沢支線の分岐。
現役時代を見て見たいヘアピンカーブで線路が錯綜していたところです。

kakizore-kitazawa-map.png
柿其線は1958(昭和33)年に2級線北沢~大沢3,601mの内3,142mが廃止。北沢支線は1954(昭和29)年度1,500m開設で以降路線を延ばしているので実質的には事業地が大沢から北沢奥に移ったものと思われ、両線に同時に運材列車が走った期間はほとんど、あるいは全くないのかも知れません。

P1010735.jpg
線路上は最近重機が入ったようで。地均しされてます。
奥が大沢、北沢方面。
1954(昭和29)年度に柿其~北沢10,391mが1級森林鉄道に格上げされてますがこれより奥は終始2級森林鉄道のままでした。
柿其からここまではコンクリート橋の跡ばかりでしたが1級線に格上げする際の線路改良の跡だったのでしょうか。

P1010737.jpg
地均しされた一角に円形のコンクリートに金輪が嵌められた物体が埋まっています。
外径190cmほど。モーターカーの転車台でしょうか。
軸距からしたら機関車でも乗れますが機関車の重量に心棒が耐えられるかどうか。
因みに柿其の機関車は写真で見ると川下向きのものばかりで終端で一々方転していた様子がありません。
機関車用の転車台があった森林鉄道でも「回す方が面倒だからそのうち使わなくなった」という話を聞きます。

P1010736.jpg
転車台のすぐ先で分岐する柿其線(左の掘割)と北沢支線。
柿其線は一旦左に分れΩカーブを描いて柿其本谷林道をかすめ正面一段上の平場に上ります。

P1010745.jpg
まずは北沢支線の軌道敷に入り北沢停車場方を振り返ったところ。
見事な石積みの上に並行して続く柿其線の線路。

P1010746.jpg
今度は柿其線の軌道敷上から北沢支線を見下ろした様子。右奥が北沢支線終点側です。

P1010750.jpg
柿其線のヘアピンカーブ付近、右から大沢へ上って行く柿其線、1段下に北沢から上ってくる柿其線、さらに下に北沢支線と3本の線路が並んでいます。

P1010755_20180525215500612.jpg
柿其線のヘアピンカーブは桟橋軌道だったらしく北沢停車場から上ってくる線は橋台で一旦路盤が尽きます。
隣り合う右の平場は大沢へ続く柿其線上段の線路跡。

P1010760.jpg
桟橋の跡に撤去された枕木が2山積まれたまま朽ちていました。

P1010757.jpg
その右下には北沢を上って行く北沢支線の石積み築堤が見えます。



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森林鉄道(長野営林局) | 22:17:14 | Trackback(0) | Comments(0)
柿其森林鉄道北沢停車場の施設~その1~
柿其森林鉄道1、2級線と北沢支線が接続していた北沢停車場。
柿其停車場から柿其川沿いに10,391m進んだ地点。林道ゲートからは徒歩で6kmほどです。
帝室林野局野尻出張所の柿其軌道の終点として1930(昭和5)年度に開業。
1936(昭和11)年度には大沢まで3,601m延長されています。
1954(昭和29)年度には柿其~北沢が1級森林鉄道へ格上げ、また同時期に北沢支線1,500mが開業しています。
大沢から北沢へ施業地が移転したようで北沢の線路は延長される一方で大沢への線路は1958(昭和33)年度に撤去されます。
また各営林署の領域配分の見直しにより1955(昭和30)年度に柿其国有林が三殿営林署へ移管、柿其森林鉄道も1957(昭和32)年度に三殿署へ移管されています。
1962(昭和37)年度には北沢支線も撤去、1966(昭和41)年度には柿其1級線の運材も終了し林鉄の停車場としての役目は終わりました。
kakizore-kitazawa-map.png
構内配線はあくまで想像で実際はもっと側線の数が多かったのではないかと思われます。
勾配緩和のためさほど広くない構内に線路が複雑に入り組んで模型にしたら面白そうです。
なお1962(昭和37)年度までレールが繋がっていた野尻(阿寺)森林鉄道にも同じ北沢、北沢線があるので紛らわしいです(^ ^;)

P1010786.jpg
北沢停車場の柿其側、左の平坦な方が柿其森林鉄道1級線、右に上って行くのは柿其樽ヶ沢(北沢)林道。

P1010780_20180523224431602.jpg
柿其1級線は北沢を渡って停車場に入ります。

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現在の林道は停車場構内を坂で一気に上ってしまいますが林鉄は一旦川寄りへカーブ。

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浅い切通しを抜けると林道と交差し停車場構内へ。

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林鉄・林道交差点には6kgレールが転がってます。
鉄道電話の通信線電柱に使われていたのが倒されたのでしょうか?

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停車場事務所と思しき建物基礎のコンクリート。
他にも周辺には建物の残骸らしき木材などがちらほら。製品事業所、休泊所もあってかつては賑わっていたのでしょうか。
左の木立から前方の一段高い広場が線路跡。広場は線路3本くらいは引けそうな広さがあります。

P1010676.jpg
停車場や建物の有ったところより一段下、北沢の河原にはコンクリートと石材の土台から鉄管が突き出た異様な物体があります。
恐らくかつては上部の水槽に北沢上流から水路、樋で水が導かれ鉄管に接続した水車と発電機で停車場、事業所などで使う電力を賄っていたのでしょう。言うなればサージタンクでしょうか?


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森林鉄道(長野営林局) | 23:28:55 | Trackback(0) | Comments(0)
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