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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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滝上森林鉄道の軌跡ガイドツアー~本流線~
オシラネップ線の後は道の駅香りの里たきのうえでいったん休憩の後渚滑川本流に沿って遡る本流線へ移りました。
本流線は渚滑線濁川駅隣接の濁川貯木場から国道273号線(渚滑国道)に近いルートで浮島峠へと延びていました。
開業は1936(昭和11)年度で路線を延ばして行き幹線は31,524mに達しミタラショコツ、キンウシュナイ(キトウシナイ?)、オサツナイ等の支線群も存在してました。
オシラネップ線共用区間を除き1957(昭和32)年度にレールが撤去されています。

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渚滑川に架かる国道273号線の滝上橋、その下流に本流線の橋梁跡が残ります。
2段になった橋脚は元々木造上路トラスか方杖橋だったのを鉄製ガーダーに替えた時に元の橋脚上に継ぎ足しを行ったものでしょうね。

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滝上橋より先、二区では国道より山寄りに並行して本流線が通っていました。
道路化されてる箇所が多いですが外れた部分には国鉄線並みの築堤が残ります。
背後の丘には滝上の市街地へ出る道が通り稲見峠と呼ばれていました。
かつては右に広がる畑は水田だった時代があり一面の稲作地帯を見下ろすことから稲見峠と名付けられたそうです。
道東で稲作はさすがに無理があったようで今では田んぼは一枚も有りません。

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二区の先にあるヒジの沢橋梁。谷底からの高さは30m近くあるかな?
以前は国道からもよく見え林鉄のシンボルタワー的な存在。
通常の森林鉄道橋は谷が狭くなるまで遡り、最低限の長さの木橋を架けてまた谷を下るというルート選定ですがここではプレートガーダー3連で一気に深い谷を渡っていました。

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それにしても立派な橋梁でただの林鉄とは思えません。
聞くところによると浮島峠を越えて石北本線と連絡(中越駅(現在は信号場)辺りで連絡?)し旅客、貨物輸送を行う構想もあったようで・・・。
その場合は簡易軌道に管理替えさせるつもりだったのでしょうかね?
なおこの橋脚下流側には国道の旧道、さらに馬車道時代の旧旧道もあります。

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道の駅へ戻り2階の観光協会事務所で本流線の地籍図を地図に落とし込んだ大絵巻の御開帳でお開きとなりました。
大作です。

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ツアーは3時間3,000円(1時間当たり1,000円で最低2時間以上)でお腹一杯ですがさらにこの冊子ももらいました。
100部しか刷ってないのでツアーでの配布は無くなり次第終了とのこと~。

なお廃線跡は一見してまずわからない場所、危険な場所も多いので廃線跡を見学する際は本ツアーに申し込んで頂きたいとのことでした。
滝上森林鉄道の軌跡ガイドツアー(滝上町観光協会)

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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 00:12:47 | Trackback(0) | Comments(0)
北見営林局の機関車~その2 協三10t機~
前回に続き「滝上の森林鉄道を研究する会」様の御好意で写真の掲載許可を頂くことができたので機関車の写真を載せます。
今回は協三工業機。

北見営林局DL-50
P1020038.jpg
1956(昭和31)年12月協三工業製10tディーゼル機関車。
エンジンは日野ヂーゼル工業(現・日野自動車)DA-50を搭載。
トルクコンバータは無く機械式変速(車で言うとMT車)です。
前回のDL-53、54と同じく「北海道における森林鉄道用ジーゼル機関車について」北海道大学農学部演習林研究報告第20巻第1号(小熊 米雄/著)では丸瀬布営林署所属で武利森林鉄道にいたと記録されています。

前年1955(昭和30)年7月製造の滝ノ上営林署所属46、47とはエンジンも含め同型機。
1956(昭和31)年8月製造の丸瀬布→津別営林署43は現在群馬県根利で北見営林局時代の姿に復元されています。
DL-50の写真はモノクロで色が解りませんが青色だったのでしょうかね?

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北見営林局置戸営林署のボールドウィン3号機と並ぶ43号機。
木曽に転じた後は長野営林局上松運輸営林署No.141となっていました。
詳しくはこちら

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43の後ろ姿。
こちらはエンジンが日野DA-57で型式が異なっていました。

日野DA-58は大型ガソリンカーのディーゼル化でよく使われたエンジンでした。
主な例としては国鉄キハ41400→キハ05。現存例では加悦鉄道キハ51がいますね。
IMG_5196.jpg
キハ51床下の日野DA-58。
キハユニと書いてありますが加悦鉄現役時代は荷物郵便の扱いは無くキハでした。
江若鉄道廃止時にもらったお古のエンジンらしいです。

DSC_3678.jpg
戦前製の私鉄気動車(1936(昭和11)年日本車輌製 旧・芸備鉄道キハユニ18)としては結構図体がでかい車両。
エンジンも林鉄の大型機関車に採用されるほどなので強力なものと思いますが出力がどれくらいかは調査中。

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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 00:05:20 | Trackback(0) | Comments(0)
北見営林局の機関車~その1 酒井5,10t機~
「滝上の森林鉄道を研究する会」様の御好意で写真の掲載許可を頂くことができたので機関車の写真を載せます。
但しこれらの写真が撮られた場所は滝上でない可能性もあるとのことです。
機関車の番号は北見営林局内の通し番号で付番されており、営林署間の移動も多かったようです。
なお北見局内の林鉄車両やトラック、集材機などの修繕や改造を行う工場は温根湯森林鉄道の留辺蘂貯木場に隣接して置かれ留辺蘂総合工場と言われていました。

●北見営林局DL-53
P1020037.jpg
1957(昭和32)年8月酒井工作所製10tディーゼル機関車。メーカー形式C3。
エンジンは民生ディーゼル工業(→日産→UDトラックス)のUD-6を搭載。
トルクコンバータは無く機械式変速(車で言うとMT車)です。
板台枠タイプで振動軽減のため前後の車輪と車体前方で左右をつなぐイコライザが仕込まれています。
C3は北海道の森林鉄道に多数納入されたほか南大東島のシュガートレインこと大東糖業のサトウキビ運搬軌道でも使われていました。
「北海道における森林鉄道用ジーゼル機関車について」北海道大学農学部演習林研究報告第20巻第1号(小熊 米雄/著)では丸瀬布営林署所属で武利森林鉄道にいたと記録されています。

●北見営林局DL-54
P1020039.jpg
1957(昭和32)年8月酒井工作所製5tディーゼル機関車。メーカー形式C1系列か?
エンジンは民生ディーゼル工業UD-3を搭載。
トルクコンバータは無く機械式変速(車で言うとMT車)です。
DL-53と同時に製造されこちらも「北海道における森林鉄道用ジーゼル機関車について」北海道大学農学部演習林研究報告第20巻第1号(小熊 米雄/著)では丸瀬布営林署所属で武利森林鉄道にいたと記録されています。
5tクラスとしては珍しくC3を小型化したようなスタイリッシュな車体。
イコライザは屋久島の安房森林鉄道で現役の酒井機同様前輪にだけ付いているようです。


~類似の機関車~
DSC_0012_2017092621550897c.jpg
酒井メーカー形式C3の発展型となったC4。
長野営林局での形式はDBT10(ディーゼル機で駆動2軸(B型)トルコン付き10t機の意)。
写真は開田郷土館(長野県木曽町)の長野営林局上松運輸営林署No.135。
1962(昭和37)年酒井工作所製10t機です。
エンジンは日野自動車工業DA59Cを搭載。
トルクコンバータ付の液体式変速(車で言うとAT車)です。
C3はボンネット側が前位でしたがC4ではキャブ側が前位となるためキャブ側面のドアと窓の位置が前後逆になりました。
上松運輸営林署に7台(No.122,128,130,133,134,135,140)がおり湘南型の前面は木曽森林の顔と言うべき存在。
よく見ると車体を左右に横切るイコライザのを前方に設けるためDL-53と逆にキャブ下にイコライザが見えます。
またキャブ前面窓の傾斜もC3はボンネット側、C4はキャブ側になっていますね。

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C4はキャブ側(上松方面)が前向きなので運転席や運転機器も当然そちら向きに付いてます。ボンネット側(本谷方面・・・山に上る方)を向く場合は体をねじって運転することになります。
C4ボンネット側(後ろ)のスタイルはC3を前から見た形とよく似ていますがC3は前面窓部分が屋根に向かって後退角が付いているのに対し、C4は真っ平、あくまでこちらは後ろなのでデザインは前の方のみ重視と言うことでしょうか。

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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 00:01:02 | Trackback(0) | Comments(0)
滝上森林鉄道の軌跡ガイドツアー~オシラネップ線 その2~
滝上森林鉄道の軌跡ガイドツアー濁川(渚滑)森林鉄道オシラネップ線の続き。

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中雄柏付近で道道617号オシラネップ原野濁川停車場線と並行して西側に見える軌道跡の築堤。

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イワナ沢付近の土場跡。奥が濁川駅方面です。
ここで山元から5t機に牽かれてきた運材車は10t機に付替えて濁川貯木場へ向かっていたそうで側線が数本あった様子。
恐らく10t機は運輸事業所、5t機は製品事業所所属で運用区間も普段は区別されていたものと思います。
左のオシラネップ川を挟んで対岸(左岸)には飯場があったそうです。
また現在この辺は無人の山野ですがかつては入植した農家、牧場が散在し人跡未踏の原野ではありませんでした。

当時滝上営林署にお勤めだった方が発表した論文の一部から当時のこの地域の様子が垣間見えます。

私達の事業所は濁川駅を離れること5里半にして此処へ到着しますので山の事業所としては非常にめぐまれた位置であるわけで、此処より1里程は開拓者が入殖しております。
事業所迄の間に学校は二つで、事業所より100m位の所に分教場があります。この様な環境の中に子小屋が18軒あり、居住者総員66名で、1戸当たり家族数は4人強となっております。

技術研究 第一号(北見営林局 1953(昭和28)年5月) 飯場の経営について 滝上営林署 大谷 栄一氏の発表より

森林鉄道があった時代の山の事業所は山深い合宿所に住み込みで家族とはたまの下山の時にしか会えないという生活が普通でした。
それから見ると戸建ての「社宅」に家族住まいで近所に学校もあるというのは破格の環境と言えます。

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イワナ沢の橋梁跡に残る円筒形橋脚。紅葉の季節(11月初旬頃とのこと)が美しそうな沢です。
結構高い橋脚でガーダー橋が架かっていた様子。
ここも1級線区間ですが入線するのが5t機だけのためか橋脚は1本だけ。
北見局内には一時期北見営林署内に2級線があった以外1級森林鉄道しか存在していません。
殆んどの路線が2級線の本州、九州、四国から見ると信じられないような線路規格です。

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イワナ沢の鉄橋跡の先には大きな切通し。
オシラネップ川やイワナ沢の堆積土砂を掘ったらしく断面には丸い川砂利がたくさん入っています。
以前より緑が濃くなったそうで北海道らしい大きな蕗の葉が目立ちます。
木曽でも開田高原にはある程度大きな蕗の葉が有りますがここまで大きいのは見かけませんね。

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切通しを抜けてイワナ沢の谷からオシラネップ川沿いに出てきた軌道。
一見ただのフラットダートですが線路左右とも石垣で切り立った築堤になっています。
1級線だけあって路盤も平坦で非常に頑丈そうなものです。

ではでは10/1(日)は初の軽便鉄道模型祭に行ってきます~。

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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 00:02:54 | Trackback(0) | Comments(0)
滝上森林鉄道の軌跡ガイドツアー~オシラネップ線 その1~
丸瀬布から峠を越えた道の駅 香りの里たきのうえへ移動。
観光協会にお願いしていた「滝上森林鉄道の軌跡ガイドツアー」のため道の駅2階の滝上町観光協会へ。
北見営林局滝ノ上営林署の濁川(渚滑)森林鉄道跡を巡るツアーです。

道の駅自体が国鉄渚滑線と濁川森林鉄道本流線の並行区間跡に位置しており、滝上の森林鉄道を調べる会の方々のご案内の元まずは濁川貯木場へ。
まずは全長28㎞(資料によって距離が違う)のオシラネップ線跡を辿りました。

●滝ノ上営林署濁川(渚滑)森林鉄道
林政統一前は内務省北海道庁拓殖部林務課紋別営林区署の管轄で渚滑森林鉄道と呼ばれていました。
1935(昭和10)年度に着工し本流線が翌1936(昭和11)年度より運材開始、オシラネップ線は1938(昭和13)年度に運材が始まりその後も両線の延長、支線群の敷設が行われています。
本江機械(後の立山重工)、中山機械製のCタンク蒸機が多数活躍していました。
林政統一後は農林省北見営林局滝ノ上営林署(表記は滝上、滝ノ上両方あり。北見営林局資料ではノが入ってることが多い)の管轄となり濁川森林鉄道と呼ばれています。他に滝上森林鉄道、北雄森林鉄道という記述も見られややこしいです(^ ^;)
1954(昭和29)年の15号台風(函館湾で青函連絡船の貨客船を多数沈め洞爺丸台風として知られる)で発生した大量の風倒木輸送のためディーゼル機関車を大量増備してますがそれから間もない1957(昭和32)年度に本流線、1959(昭和34)年度にオシラネップ線が廃止となり姿を消しました。

ツアーで巡った順番は道路からのアクセスがし易い順でしたが記事上では濁川貯木場から山元への順に構成し直してます。
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渚滑線濁川駅に隣接した第2貯木場の跡。
線路跡の道路のカーブは貯木場を囲むために線路が曲がっていた跡。
右がその貯木場で渚滑線から専用線が入り国鉄の貨車移動機や操縦車が入換、木材の積替えを行っていました。
なお奥は本流線へ線路が続き北見滝ノ上方面への渚滑線と並走していました。

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同じ場所から濁川の林鉄車庫方面を見た様子。
第2貯木場は現在も貯木場として使われており木材が積んであります。

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林鉄車庫付近からは旧・運輸事務所の建物も見えます。
奥に渚滑線の線路が通っており、左手には第1貯木場がありましたがこちらの貯木場は跡形もなし。

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機関区の前に立つ森林鉄道起点跡の碑。
右後方に機関車庫の上屋やヤードが拡がっていました。

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濁り川貯木場を出て最初にオシラネップ川を渡っていた橋梁跡。
一見複線橋梁の跡のようですが左右2本の橋脚で両脇から1本の桁を支える構造をしていました。
最初は木造トラス桁(恐らく下路トラス)、後に鉄製ガーダーに架け替えられたとのことです。
他でこんな橋脚構造の鉄道橋あったかな?と考えて見たら名鉄犬山線の犬山橋(1926(大正15)年架設)も架設当初は2本の円筒形橋脚にトラス桁を載せてましたね。
犬山橋の橋脚は現在左右の橋脚間がコンクリートで埋められ一体化したため何の変哲もない見た目になってます。

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この橋梁で凄いのは橋台まで半円筒形の突起が2つ飛び出して桁を支える構造に揃えていること。
あまりに特異な構造で施工が難しくなるだけに思えますがどのようなコンセプトで設計されたのか気になります。
セメント使用量を抑えるための試行錯誤の結果でしょうか?



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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 00:03:48 | Trackback(0) | Comments(0)
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