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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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白鳥の歴史館で「森林鉄道資料展」開催中
2017(平成29)年7月31日(月)~8月31日(木)の間、名古屋市熱田区にある中部森林管理局名古屋事務所併設の「白鳥の歴史館」で森林鉄道資料展開催中です。
詳細は以下チラシをご覧ください。
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所属する小坂森林鉄道研究会からも資料提供させて頂いてるので本日会場を見てきました。

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白鳥貯木場の南端、旧・名古屋営林支局があった場所の一角に中部森林管理局名古屋事務所併設の「白鳥の歴史館」があります。
駅は地下鉄名城線西高蔵駅か名港線日比野駅が最寄ですが多少距離があります。
また名古屋市バス「熱田巡回」神宮東門発~神宮東門行に乗り「生涯学習センター」で降りると生涯学習センターのすぐ裏(東隣)です。このバスは名鉄神宮前駅前の神宮東門バス停、JR熱田駅前の熱田西バス停、JR・名鉄・地下鉄金山駅南口の金山南口バス停から乗り継ぐことができます。

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森林鉄道資料展のコーナー。
なお常設展示にも森林鉄道や白鳥貨物線が写った写真があります。

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リンク先で研究会先輩であるくるまやさんの小坂モジュール&協三機群が牽く運材貨車が多数。

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係の方にお願いすれば小坂森林鉄道濁河線末期の伐採、運材風景の貴重なカラー映像も放映してもらえます。
こちらからも小坂森林鉄道の車両詳細解説資料を会場に置かせて頂いてるので写真展示や映像、模型の機関車、貨車の正体が気になる方はご覧ください。

ナロー、林鉄好きでお盆休み最後の1日をどうしようかと考えている方、夏休みにどこか行くところを探してる方は会場へ是非お越しください~。

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森林鉄道(名古屋営林局) | 22:27:34 | Trackback(0) | Comments(0)
小坂森林鉄道濁河線の遺物~その2~
小坂森林鉄道濁川線上部軌道の続き。
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崩れかけの砂防堰堤前を横切る濁河線のレール。木橋は完全に崩壊しています。
この堰堤建設時の資材輸送も濁河線で行ったはず。

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カーブ木橋は残念ながら中央部が崩壊していました。
木橋袂の小さな沢へ降りるときには頭上に2本のレールと護輪軌条が弧を描いて不思議な光景になっています。

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同じカーブ木橋を対岸の小高い位置から見下ろすとこんな風。

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笹薮の中をカーブして延びる線路。少し前方から護輪軌条も始まっています。

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ちょっと開けた明るい場所に出たところ。
刈り払いをしたら現役鉄路の雰囲気になりそうです。

●濁河線の車両
濁河線は1939(昭和14)年9月に起工し1941(昭和16)年12月竣工。
正に太平洋戦争が始まる頃に開業した路線です。
小坂森林鉄道の他路線とは索道を介してしか接続しておらず、1970(昭和45)年度まで運材を行っていたものの事業は営林署直営ではなく小坂官材共同組合が行っていました。
そんな特殊な路線だったせいか軌道が残ることになったようです。
末期に使われていた機関車は協三4.8t機No.24、酒井5t機(番号不明)の2台ですがNo.24は調子が悪くてあまり運転されてなかったと言う話も。
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NO.24と同タイプの協三4.8t機 写真は中泊町博物館で保存の津軽森林鉄道金木営林署機

酒井機はNo.15かNo.18と思われますが鮮明な写真が無く不明。
角張った平屋根(小田急砂利新磯軌道A1と似たタイプ)で前照灯は中央ではなく片側に寄って設置されていたようです。
ボギー運材貨車はモノコックや在来型、木製単台車の豆トロリーもいたようです。
貨車は1968(昭和43)年時点では計42台が在籍していました。
モーターカーもいたようですがこちらは全く不明。

列車の運行は空車を機関車で牽き上げ、孕車(積車)は2台1組の1車ずつ木材を積んでブレーキ手がブレーキ操作だけで下る乗り下げを行っていました。

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森林鉄道(名古屋営林局) | 22:19:11 | Trackback(0) | Comments(0)
小坂森林鉄道濁河線の遺物~その1~
現在もレールが残る小坂森林鉄道濁河線上部軌道。
地元をよく知る強力な御二方に一部区間をご案内いただいた時の写真です。

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巨大方杖橋の橋脚。橋桁は既にありませんがこれまで見てきた方杖橋と比べても桁違いの大きさ。
しかもレールは未だに川を越えてます。
橋桁自体よりレールが残るというNゲージのような状態。

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岩崎レール商会のダルマ転轍機。
集材側線の跡なのかな?

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電信線も点々と。
「小営電濁河分岐線 142」の文字が鮮明に残ります。
「濁」が略字体で書かれているのが特徴的。
「小営電」は「小坂営林署電話線」の意味と思われます。

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1944(昭和19)年の帝室林野局名古屋支局小坂出張所の電話線位置図。この地図は左が北方向になってます。
黒線が鉄道関係の電話線で、訪ねた区間は左下の濁河軌道終点積木場~濁河第二伐木事業所の間となります。
森林鉄道の運行管理は電話連絡が基本で少なくとも小坂には一般の鉄道のようなタブレット閉塞機は有りませんでした。
お隣の王滝森林鉄道ではタブレット(のようなもの)を使ってましたが閉塞機までは使用してなかったようです。

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既にレールが土石に押しのけられつつありますが線路上を先へ進むことに。

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森林鉄道(名古屋営林局) | 23:50:59 | Trackback(0) | Comments(4)
旧・荘川営林署庁舎のレール
水没した荘川営林署尾上郷、森茂・六厩川森林鉄道のレールですが荘川から離れた場所で今も使われています。

1960(昭和35)年の御母衣ダム完成後1962(昭和37)年に荘川営林署は庁舎を荘川村(現・高山市荘川町)から白鳥町(現・郡上市白鳥町)へ引っ越しました。
尾上郷林鉄、森茂・六厩川林鉄は大部分の区間が水没するため撤去、電源開発の保障による道路林道への付替えがなされたものの一部の区間がまだ残っていたようです。ただし1961(昭和36)年度を最後に林鉄車輌の配置が無くなっているので実質廃止状態だったのでしょう。
村の多くの地域が水没し人口の流出した荘川村にとって村民の大口雇用先である営林署に出て行かれては堪りません。
引き止めましたが荘川営林署としてはダムに管轄区域が分断され、特に森茂、六厩川国有林へのアクセスが非常に不便になったことから管轄区域の再編を考えてのことでした。
後に岐阜営林署の管轄区域を一部所管替えされ、森茂、六厩川国有林は1964(昭和39)年に飛騨古川の古川営林署に引き継がれ、残っていた森茂・六厩川林鉄六厩川線も引き継がれてます(古川営林署への機関車、運材貨車、モーターカーの配置は無くこちらも列車の運転は無かった様子)。
営林署管轄区域自体が大きく南へオフセットしたことになります。

さて引越し先の荘川営林署新庁舎・・・当時署内の路線撤去で発生した林鉄用6~9kgレールも資材として持って行ったようで・・・。

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長良川鉄道美濃白鳥駅のすぐ傍にある旧・荘川営林署庁舎。
横を通って行くのは美濃白鳥を発車した北濃行ナガラ306。
この敷地には元々省営→国鉄バスの営業所があり、その移転した跡を譲り受けて庁舎と貯木場をつくったとか。

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現在は中部森林管理局岐阜森林管理署(元の小坂営林署)の白鳥森林事務所となり、隣に木造庁舎を建てて再移転したようです。
尾上郷国有林も今では高山の飛騨森林管理署の管轄となり、元々荘川署の地盤だった地域とは関係が無くなってしまいました。

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その裏手、貯木場の跡には郡上市立図書館が建っており、駐車場の柵に林鉄のものと思しきレールが使われています。
長良川鉄道の前身・国鉄越美南線が貨物営業を行っていた頃は側線もあってここから木材が貨車積みされていたようです。

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か細い6kgレールの向こうに見えるのはそれよりはるかに太い長良川鉄道のレール。

荘川村に営林署があった頃は国鉄線も通っておらず名古屋営林局管内で最も不便な地にあるとして同署への転勤は敬遠されたとか。
荘川以外から転勤して来た署員には町場の白鳥への庁舎移転は歓迎されたようです。(- -;)
飛騨の田舎で「こんな町もう嫌や」と言ってたら町の大部分が水没(原因は違うけど)して移転・・・ってそんな映画が去年ありましたね。
飛騨古川も山越えて隣ですし・・・。

参考文献:
白き山を守り継ぐ 荘川営林署開設100周年・白鳥町移転30周年記念誌(荘川営林署記念誌編集委員会 編)
荘川村史 下巻(荘川村)

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森林鉄道(名古屋営林局) | 21:55:02 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋営林局荘川営林署尾上郷森林鉄道~尾上郷(海上)貯木場2~
引き続きダム底から現れる荘川営林署尾上郷貯木場~。

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林鉄関係の施設は尾上郷川上流側(右)に固まっていました。

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尾上郷貯木場平面図を元に線路(赤線)と林鉄関係の施設を書き込み。
製材工場へ引き込まれていた線路は直角で描かれています。転車台で山トロを1台ずつ90度方向転換して手押しで建屋内に押し込んでいたのでしょうか?
砂焼場では機関車の滑り止めの砂を焼いていたものと思われます。

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尾神橋上から上流側を見た様子。森林鉄道尾上郷幹線の路盤は見出せません。
上の方には電源開発の手で森林鉄道から付け替えた道路林道の日照岳林道の橋が見えています。
この林道は入口にゲートがあり車輌での進入は不可です。

●尾上郷森林鉄道の車両
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以前の再録ですが荘川営林署の各年度別車両は図の通り、この内で尾上郷所属がどれだけかは不明。
北飛騨の森林鉄道は大阪営林局の手で運営されていたためか帝室林野系が主体の名古屋営林局の他の林鉄とは毛色が違います。
機関車を取って見てもホイットカムや松岡産業機など近畿、中国地方の林鉄機関車に近いです。

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イラストは加藤製作所の代燃ガソリン併用機関車。重量は4~5tクラスでしょう。
モノクロ写真しかなく塗色は不明なので取り敢えず林鉄に多いグリーンにしてます。
屋根上には水タンクが載ってます。札幌営林局大夕張営林署9号機の水タンクをさらに大きくしたような感じです。
水タンクからパイプが動輪上に引き込まれてますが急カーブの多い尾上郷林鉄では常時動輪に散水して横方向の摩擦を軽減していたようです。
また急勾配区間で砂を撒き粘着力を得たい場合、動輪上によく焼いて乾燥させた砂と水を撒くことで踏面に砂を付着させ滑り止め効果を高めるという工夫を凝らしていました。
通常のレール面へ砂を撒く方法では6kgレールは細過ぎて動輪通過前に振動で砂が落ちてしまい滑り止めの効果が薄かったとか。
運材貨車は最後まで木製の山トロが中心で堀田式ブレーキ付き、自動ブレーキ付き、ブレーキ無しなどの種類があった様子。
森茂の写真ではボギー運材貨車もあったようですが尾上郷にいたかは不明。
モーターカーは尾上郷貯木場車庫に富士重工業製T3らしき車が入庫してる写真を見たことがあります。

●運材列車
列車は機関車+山トロ10両程度を牽き、孕車(木材を積んだ列車)も乗り下げではなく機関車が牽引しました。
尾上郷では中間に自署製の自動ブレーキ付き山トロ、最後尾から2両目に堀田式ブレーキ付き山トロをつなぎ最後尾に制動手が乗務し堀田式ブレーキを操りました。

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尾上郷貯木場の南側から秋町方面を見た様子。
尾上郷川を挟んでこちら側は高山市荘川町(旧・荘川村)、向こう側は白川村です。
白川村側で正面の山の裏側には荘川署もう一つの林鉄森茂・六厩川森林鉄道の起点となっていた秋町貯木場がありましたがそちらはダムサイトに近いせいか水をもっと抜かない限り水面上に出てくることはないようです。

参考文献:
白き山を守り継ぐ 荘川営林署開設100周年・白鳥町移転30周年記念誌(荘川営林署記念誌編集委員会 編)
直営生産研究報告集 昭和27年度(名古屋営林局作業課)
  トロリー自動制動機に対する一考案(荘川営林署農林技官 檜坂 正男)
  内燃機関車マグネットに関する一考案外(荘川営林署林業手 谷川 一一)
   Ⅰマグネットに関する一考案
   Ⅱトロリーの堀田式制動と自動制動の併用について
名古屋営林局統計書(名古屋営林局)

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森林鉄道(名古屋営林局) | 22:48:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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