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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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大井川鐡道の西武系車両
大井川本線で1996(平成8)年当時現役だった西武鉄道系の車両たち。

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311系モハ311+クハ511
元は木造省電モハ10を鋼体化したモハ50系→モハ11系。
1959(昭和34)年に西武鉄道に払い下げられていますが原型の旧型国電らしさが残っています。
大井川入りは1976(昭和51)年。
モハ50020→モハ11424→クモハ11424→西武クモハ376→クモハ374→大井川モハ311
モハ50017→モハ11421→クモハ11421→西武クモハ371→大井川クハ511
側面は3扉の内中扉が埋められています。撮影の2年後1998(平成10)年廃車。

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312系重連。モハ313(上)+クハ513+モハ312+クハ512(下)
上の311系に引き続き西武鉄道から1977(昭和52)、1980(昭和55)年に譲渡された元西武351系。
2扉化、1編成を構成するクモハの内片方はモーターを下ろしてクハ化されています。
クハ512の尾灯は何故か片方撤去されています。
西武鉄道も改番がややこしいところで形式がよく変わっています。
西武モハ506→モハ426→モハ366→クモハ366→大井川モハ312
西武モハ515→モハ425→モハ365→クモハ365→大井川クハ512
西武モハ511→モハ421→モハ361→クモハ361→大井川モハ313
西武モハ512→モハ422→モハ362→クモハ362→大井川クハ513
この後で313Fは前照灯の2灯化改造が行われたものの老朽化していたこともあってあまり使われていなかった様子。
廃車になってからも長いこと新金谷に置かれてたので覚えのある方も多いと思います。
モハ312+クハ512は当初西武から一緒に来たサハ1426をはさんだ3連だったのがサハを抜いて2連で使っていました。
サハは蒸気列車用のナロ802になって現役。

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1000系クハ2001(上)+モハ1001(下)
1963(昭和38)年西武所沢工場製の元伊豆箱根鉄道駿豆線1000系。
赤電色ですがひげ塗装や丸い大きな前照灯など猫顔です。
車体がまだ奇麗だったので当分活躍するものと思っていたら1998(平成10)年に脱線事故を起こして廃車。

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大井川1000系と直接の同型車は西武本体にはいませんが今も三岐鉄道で現役の旧西武701系と同系の顔。

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東海私鉄 | 23:21:52 | Trackback(0) | Comments(0)
地名駅と笹間渡発電所
千頭到着後は大井川本線沿いに車での沿線巡り~。
電力開発と木材輸送のため東邦電力系の大井川電力により敷かれた鉄道だけにあちこちに興味深い遺構が残りとても回り切れません(^ ^;)

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E102の機回しを撮ったら車を拾って沿線へ~。

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地名駅ではトワイラ物件としては有名過ぎ(?)な川根電力索道保安隧道をバックに進入する上り普通の元南海21001系丸ズーム。
隧道とはいっても索道の搬器から貨物が線路に落下することを防ぐために設けられたガードです。
普通は電化するときに架線が支障するからと撤去されそうなものですが今日まで残ることに。

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地名駅の金谷寄りにも索道のトンネルの残骸が残ってますがそちらは開削されて側壁の下の方だけが残っています。
1926(大正15)年に藤枝市滝沢を起点に沢間まで延びていましたが競合の大井川本線が開業すると立ち行かなくなって1939(昭和14)年に廃止。
そう言えば索道終点の沢間にあるホッパーは撮ってましたね。

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雨がちなためまだ15時を過ぎたばかりでもかなり暗くなってきました。
島式ホーム上の裸電球が渋過ぎます。

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E102の電機牽引列車を撮るにはどうしようもなく暗いので抜里付近の茶畑で流し撮り・・・したもののあまり良いものは撮れず~。

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動くものを撮るには厳しいので移動中に見つけた気になったところへ。
大井川の対岸、どうやっても近づく道路が無い周囲から隔絶された平地に茶畑と水力発電所の跡らしき建物が見えました。

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1931(昭和6)年に完成した水路式の旧・東海紙料(→東海パルプ→現・特種東海製紙)笹間渡発電所。
操業開始当時の出力は4030kw。
当時東海紙料は大井川上流から木材を島田まで流送して自社の製紙工場で使っていましたが電力も大井川から得ていました。
後には大井川電力や第二富士電力など電力会社が進出すると大型の水力発電所がつくられ、戦後は中部電力により大規模な電力開発が進みます。
大井川本流の上手に塩郷ダムができ下手に川口発電所が建設された時両施設に挟まれた笹間渡発電所は補償として中部電力に買い取られましたが小規模な発電所を改めて使うことはなかった様子。

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東海私鉄 | 22:11:00 | Trackback(0) | Comments(2)
大井川本線電化70周年記念電機牽引列車
大井川鐡道大井川本線電化70周年で運転された電機牽引客車列車。
かつて木材輸送や電力開発資材輸送で貨物輸送が主だった大井川鐡道。
電化時に導入されたのはまず電気機関車E10形で旅客用の電車が導入されたのは少し後でした。
セメント輸送が主な三岐鉄道も電化時に電気機関車が先に入り電車は後回しになってましたね。
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1949(昭和24)年電化当初から今日まで現役のE102がオハフ33 215+スハフ42 186+オハフ33 469を従えて待機中。

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千頭寄りの3号車はオハフ33 215。
1941(昭和16)年川崎車輌製で国鉄時代に電気暖房を搭載して番号に2000を付加してオハフ33 2215になってましたが大井川では電暖を使用しておらず元の215に戻されてます。
内装は木造で白熱灯のため人気が高いようです。

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1号車はオハフ33でも戦後派のオハフ33 469。
1948(昭和23)年日立製作所製で
戦前製では屋根が前後で絞られてたのが戦後製は一直線になり全体的に平面的なデザインに変わっています。

P1120107.jpg
席が取れたのは2号車スハフ42 186。
1953(昭和28)年日本車輌製でこちらも国鉄時代電気暖房化されてスハフ42 2186になっていました。
外の車番186ですが車内のは2186のままでした。
秋田地区で使われJR化後も土崎工場内で控え車として使われていたのを1993(平成5)年にJR東日本から譲り受けたとのこと。

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機関士さんが乗り込んで入換開始。
ところで新金谷で友人と合流する前にふと途中で気が付いたこと。
「元来貨物用の私鉄電機に暖房用のSG(蒸気発生装置)なんて代物付いてないよね・・・(^ ^;)」
蒸機牽引時は蒸気機関車からスチームが送られて暖房として使われますが電気機関車、ディーゼル機関車では別途蒸気を起こさなければ暖房できない仕組み。そのため蒸機以外の旅客用機関車には巨大なSGが搭載されていましたがそれがなければ暖房が使えないわけで・・・
乗ってみると各座席にカイロが置かれていました(笑)

蒸機牽引でない上に冷えた車内にも関わらず乗客は結構多かったです。
車内を見てたところ鉄の旦那さんに連れてこられた非鉄の奥さんからはかなり文句が出てたような(^ ^;)

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朝から雨でしたが千頭到着時にはますます強くなって入換中の井川線DD202の屋根には激しい飛沫が立っています。

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客車を1両増結してホームで待つクハの元へ推進運転中。

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東海私鉄 | 23:02:34 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川鐡道7200系
合流地点の新金谷まで行くため大井川鐡道大井川本線に乗車。
近年は車で長島ダムや川根両国に行ってはP&Rで井川線ばかり乗って大井川本線にあまり乗っていませんでした。
従って大井川7200系も初乗車・・・と言っても東急や豊橋鉄道渥美線で乗ってるので初な感じは全くなし(^ ^;)

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千頭側にはダイヤモンドカット帯無しのモハ7305(東急デハ7259→十和田モハ7305→大井川)が付いていました。

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金谷側は両運転台化改造で取り付けられた平面な顔を先頭にしたモハ7204(東急デハ7211→十和田モハ7204→大井川)

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連結面はこんなことに。左からモハ7305+モハ7204。

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モハ7204の車内銘板。
モハ7204、モハ7305とも1968(昭和43)年東急車輌製。大井川入線の際の改造を近鉄車両エンジニアリングが行っていますが近鉄のどこかの工場で改造したのでしょうか。
東急車を扱っているところといえば伊賀鉄道1000系や養老鉄道7700系も扱う塩浜工場?

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東海私鉄 | 22:44:04 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川鐡道チキ303
年末に行ってきた大井川鐡道。
まずは新金谷側線の末端へ。

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奥にはC11 312、客車の研修設備に元はまなす用14系、やまぐち号用12系客車が収められてます。
やまぐち号用12系を見たのは七尾線でSLときめき号が運転されてた頃(1991年頃)乗って以来かな?

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松山重車輌工業製のモーターカーNo.18。
矢作建設の文字があることからもわかるように元々名鉄にいたもの。
No.18という番号はどこかで見た気がするのですがどこの駅に常備されてたものでしょうね。
これまで撮影した名鉄画像データを見直してたらそのうち出てくるかも知れません。

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こと時の目的でメインはチキ300形チキ303号の撮影。
1921(大正10)年汽車会社製で元は国鉄の25t積み長物車チキ300形チキ341号。
トラスロッドがあり木造電車、客車の台枠のようにも見えますが電車、客車はトラスロッドが左右両側面にあるのに対しチキ300では車体の床下中央にあります。
大井川へは1963(昭和38)年に払い下げられており千頭駅隣接の千頭貯木場で千頭森林鉄道から積み替えられる官材(国有林材)を新金谷まで輸送するのに使われました。
井川線から来る民材(民有林材)は井川線用のCト100やCトキ200に積まれて大井川本線へ直通していたのが主でしたが一旦川根両国付近の両国貯木場に留め置かれたものの出荷や智者山林用軌道で千頭の大井川対岸まで輸送されてきた民材輸送にも使われたのかも知れません。
井川線からの運材列車は以下の記事にも書いてます。
大井川発電所と大井川鐡道~その1 流送と発電所~
大井川発電所と大井川鐡道~その2 大井川ダム土場、堰堤停車場~
大井川発電所と大井川鐡道~その3 大井川専用軌道~
大井川発電所と大井川鐡道~その4 千頭構外側線(リバーサイド線)~

大井川鐡道ではチキ303が入った1963(昭和38)年頃までは鉄道収入の半分を貨物が占めていたものの千頭森林鉄道が1968(昭和43)年に廃止、1974(昭和49)年には社線内中間駅の貨物営業廃止、1983(昭和58)年には定期貨物列車が廃止されています。
その後赤石ダム関係の貨物輸送が一時新金谷~堂平復活していますが現在は行われていません。
チキ303は木材輸送がなくなった結果1980(昭和55)年に廃車されていますが備品としてこの通り現存。
蒸機や旧客の配管や部品らしきものが載せられています。

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チキ303の千頭方アップ。
アーチバー台車のTR16は車端近くに取り付けられておりがに股な印象。
床板は本来木張りで木材を置くための荷摺木があったのですが廃車後作業車になってからチェッカープレートに張り替えたようです。

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チキ303の金谷方アップ。
木材の落下防止のため車体側面に立ち上がっているステーは片側6本ずつなのですが一部は失われたか折損したのか木の棒で代用されていたりします。
大正時代の貨車だけあって連結器は当初バッファー・リンク式で車端部にバッファー穴が開いているのですが位置関係上撮れず終い~(T T)

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東海私鉄 | 23:54:34 | Trackback(0) | Comments(0)
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