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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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可児のゴルフ場モノレール
年が明けて大分経ってしまいましたが本年も宜しくお願い致します。
2003(平成15)年8月15日、坂祝のスイッチャー群を撮った帰り道に岐阜県可児市内から愛知県犬山市へ抜けるのに今まで通ったことない道を通って見ようと入った道で見たもの。
道自体は通行止めで引き返さざるを得なかったのですが途中に何だか気になる巨大構造物が・・・。
IMG_0525_20210109212342ff2.jpg
谷戸の田畑を横断するアーチ橋?
地図を見たところ谷戸の両側の丘陵上には名古屋ヒルズゴルフ倶楽部ローズコースのコースが広がっており、両岸のコースを結ぶための橋梁のようです。

IMG_0523.jpg
アーチ橋風に装飾されているだけで構造的にはトレッスル橋。
奥を見ると車両が止まっています!プレイヤーがコース間を移動するのにモノレールを使っている様子。

IMG_0524.jpg
遊園地などのモノレールにはあまり興味ないはずがこれだけ大規模に敷地外を横切っていると気になってしまいます(笑)
2両編成で右の車両は旅客輸送用らしく、左の車両は側面が大きく開口していることからするとゴルフカートを載せるための荷物車?
残念ながらもう日暮れ時でこれから動く見込みもなさそうなのでそのまま帰りましたがこれは走行を撮りたい・・・と後年行って見たら橋はそのままあったもののやって来たのはただの電動カート。
モノレール線を廃止して道路化されてしまったようです(T T)

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

東海私鉄 | 22:04:06 | Trackback(0) | Comments(2)
三岐鉄道代燃車の運転成績
戦時中非電化でガソリンカーを使用していた三岐鉄道もガソリンの入手難から燃料節約のため代燃装置を取り付けています。
いわゆる木炭車で木炭を不完全燃焼させて発生する代燃ガス(水性ガス・・・一酸化炭素と水素の混合ガス)をガソリンを気化させたガスの代わりにガソリンエンジンで燃焼させて動力を得ていました。
ガソリンエンジンをそのまま利用できるのでガソリンと木炭のハイブリッド車と言えるものです。
しかし代燃装置で発生する代燃ガスはガソリンを使うのに比べて出力が落ちること、煤など不純物がエンジンに入りやすくエンジンを傷め易いという欠点がありました。

三岐ではまずはキハ4、5号に木炭及コーライト瓦斯発生装置取り付けが行われます。
コーライトは石炭を低温で乾留(蒸し焼き)した半コークスでこれも木炭と同じくガス発生装置で燃焼させる燃料です。
IMG_5100.jpg
最初に代燃装置が取り付けられた三岐キハ5。後に別府鉄道へ譲渡されてキハ2となった。
別府鉄道野口線円長寺駅跡 2004(平成16)年8月16日撮影


1942(昭和17)年2月16日にキハ4、5号の竣工届が出され3月5日の鉄道省による監査では富田(JR富田)~西藤原で往復試運転が行われています。その結果は・・・。

20200814-1.jpg
運転時分、平均速度(表定速度)の「認可」はガソリンカーのものと見られます。
ガソリンカーの運転時分が現代の三岐線電車と変わり無いのも結構意外(・ ・)
赤字の試運転が代燃車の運転成績となります。
西藤原発富田行の上り列車はまだいいものの下り列車はとんでもなく鈍足、伊勢治田~東藤原や西野尻~西藤原など勾配がきつい区間はもう自転車並み。
省の技手からは「現行の旅客列車ダイヤで営業用に使用するには無理があるので代燃動車用のダイヤを作成して再提出すること」という条件で一応代燃車の旅客使用が認められました。
この半年後にはキハ1、2、3号も代燃併用に改造することになり1942(昭和17)年9月20日付で改造竣工届が出されています。

戦時中の代燃車時代は運転速度が遅いだけでなくその非力さに現場は泣かされたようです。
代燃装置に音を上げたのかガソリンエンジンを傷めてしまったのか戦後1948(昭和23)年12月21日にはディーゼルエンジンへ変更する車両設計変更認可を申請していますがこの時は占領軍のCTS(民間運輸局)により認められませんでした。
結局ディーゼルエンジンへ載せ替えられたのは3年後の1951(昭和26)年12月のことでした。
この年の9月に日本はサンフランシスコ平和条約に調印。
占領下の時代が終わりを迎えることで気動車改造にも制限が無くなったということでしょうか。

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東海私鉄 | 23:44:09 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄高運転台車の記憶 譲渡車編~その2~
名鉄本体の記事より長編?になってきた豊鉄編。

20020331_1.jpg
7300系引退時のさよなら運転。
既に元東急7200系の1800系(2代目)に置き換わって予備車になって唯一残っていた7304Fが高師~大清水で団体臨時として走りました。
2002(平成14)年3月31日 高師

20020331_2.jpg
高師に戻ってきて怪しげな旧貨物側線へ入線して撮影会。
この側線も感じが良かったのですが現在は埋められて残っていません。
2002(平成14)年3月31日 高師

20020331_3.jpg
柳生橋の貨物側線にも廃車になったノーマル塗装車がずらり。
うち4両は売却され個人所有で保存されています。
2002(平成14)年3月31日 柳生橋

19950527_1.jpg
600V時代の三河田原駅に停車中の1750系ク2751+モ1751。
名鉄高運転台車の記憶なのに低運転台じゃないかと言われそうですが実はこれ元々高運転台だったのを低運転台化した変則パターン。
元は名鉄3730系モ3755+ク2755を1981(昭和56)年に譲受したもの。
当時の豊鉄渥美線は元名鉄5200系の車体にJR101、111系の主電動機、台車を組み合わせたカルダン車1900系が主力。
本当は後ろにいる1800系(元名鉄モ3300系1928(昭和3)年日車製)に乗りたかったのですが一度も当たらず(T T)
この時も新豊橋で目の前で1800系が出ていくのが見え「次来るのはまた1900か(- -)」と半ば諦めていたところ入ってきたのがこの1750系。
台車や主電動機は旧型国電のものに変えられパンタは真ん中寄りに移設、冷房まで取り付けられており豊鉄の改造好き(?)な性格を如実に表した電車でした。
1995(平成7)年5月27日 三河田原

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架線電圧1500V昇圧で7300系に追われ廃車留置中の姿。
既に屋根上のパンタや冷房機器も取り外されています。
1998(平成10)年4月26日 高師

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東海私鉄 | 22:26:49 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川鐡道の西武系車両
大井川本線で1996(平成8)年当時現役だった西武鉄道系の車両たち。

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311系モハ311+クハ511
元は木造省電モハ10を鋼体化したモハ50系→モハ11系。
1959(昭和34)年に西武鉄道に払い下げられていますが原型の旧型国電らしさが残っています。
大井川入りは1976(昭和51)年。
モハ50020→モハ11424→クモハ11424→西武クモハ376→クモハ374→大井川モハ311
モハ50017→モハ11421→クモハ11421→西武クモハ371→大井川クハ511
側面は3扉の内中扉が埋められています。撮影の2年後1998(平成10)年廃車。

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312系重連。モハ313(上)+クハ513+モハ312+クハ512(下)
上の311系に引き続き西武鉄道から1977(昭和52)、1980(昭和55)年に譲渡された元西武351系。
2扉化、1編成を構成するクモハの内片方はモーターを下ろしてクハ化されています。
クハ512の尾灯は何故か片方撤去されています。
西武鉄道も改番がややこしいところで形式がよく変わっています。
西武モハ506→モハ426→モハ366→クモハ366→大井川モハ312
西武モハ515→モハ425→モハ365→クモハ365→大井川クハ512
西武モハ511→モハ421→モハ361→クモハ361→大井川モハ313
西武モハ512→モハ422→モハ362→クモハ362→大井川クハ513
この後で313Fは前照灯の2灯化改造が行われたものの老朽化していたこともあってあまり使われていなかった様子。
廃車になってからも長いこと新金谷に置かれてたので覚えのある方も多いと思います。
モハ312+クハ512は当初西武から一緒に来たサハ1426をはさんだ3連だったのがサハを抜いて2連で使っていました。
サハは蒸気列車用のナロ802になって現役。

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1000系クハ2001(上)+モハ1001(下)
1963(昭和38)年西武所沢工場製の元伊豆箱根鉄道駿豆線1000系。
赤電色ですがひげ塗装や丸い大きな前照灯など猫顔です。
車体がまだ奇麗だったので当分活躍するものと思っていたら1998(平成10)年に脱線事故を起こして廃車。

P1080676.jpg
大井川1000系と直接の同型車は西武本体にはいませんが今も三岐鉄道で現役の旧西武701系と同系の顔。

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東海私鉄 | 23:21:52 | Trackback(0) | Comments(0)
地名駅と笹間渡発電所
千頭到着後は大井川本線沿いに車での沿線巡り~。
電力開発と木材輸送のため東邦電力系の大井川電力により敷かれた鉄道だけにあちこちに興味深い遺構が残りとても回り切れません(^ ^;)

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E102の機回しを撮ったら車を拾って沿線へ~。

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地名駅ではトワイラ物件としては有名過ぎ(?)な川根電力索道保安隧道をバックに進入する上り普通の元南海21001系丸ズーム。
隧道とはいっても索道の搬器から貨物が線路に落下することを防ぐために設けられたガードです。
普通は電化するときに架線が支障するからと撤去されそうなものですが今日まで残ることに。

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地名駅の金谷寄りにも索道のトンネルの残骸が残ってますがそちらは開削されて側壁の下の方だけが残っています。
1926(大正15)年に藤枝市滝沢を起点に沢間まで延びていましたが競合の大井川本線が開業すると立ち行かなくなって1939(昭和14)年に廃止。
そう言えば索道終点の沢間にあるホッパーは撮ってましたね。

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雨がちなためまだ15時を過ぎたばかりでもかなり暗くなってきました。
島式ホーム上の裸電球が渋過ぎます。

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E102の電機牽引列車を撮るにはどうしようもなく暗いので抜里付近の茶畑で流し撮り・・・したもののあまり良いものは撮れず~。

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動くものを撮るには厳しいので移動中に見つけた気になったところへ。
大井川の対岸、どうやっても近づく道路が無い周囲から隔絶された平地に茶畑と水力発電所の跡らしき建物が見えました。

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1931(昭和6)年に完成した水路式の旧・東海紙料(→東海パルプ→現・特種東海製紙)笹間渡発電所。
操業開始当時の出力は4030kw。
当時東海紙料は大井川上流から木材を島田まで流送して自社の製紙工場で使っていましたが電力も大井川から得ていました。
後には大井川電力や第二富士電力など電力会社が進出すると大型の水力発電所がつくられ、戦後は中部電力により大規模な電力開発が進みます。
大井川本流の上手に塩郷ダムができ下手に川口発電所が建設された時両施設に挟まれた笹間渡発電所は補償として中部電力に買い取られましたが小規模な発電所を改めて使うことはなかった様子。

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東海私鉄 | 22:11:00 | Trackback(0) | Comments(2)
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