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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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三岐鉄道保々駅のワム200
保々車庫での車両撮影会の副産物~
保々駅構内で遠方から望遠で見るか電車からちらっと見えるかしかできない貨車ダルマをじっくり見ることができました。
ワム200形
ワム200~253の54両もの仲間がおり袋詰めセメント輸送に使われていました。
車両数が多いですが色々な来歴の車両を編入しているため車輛による差異も多いようです。
保々にいるのはいずれも1951(昭和26)年製造で1986(昭和61)年まで使用されてたものですが一筋縄には行かない様子。

P1020662.jpg
左(西藤原方)からワム228、ワム227、ワム230が並びます。

P1020744.jpg
ワム228

P1020656.jpg
ワム227
ワム228、227はいずれも1951(昭和26)年若松車輛製で国鉄ワム23000形として製造したものの内検査で撥ねられた貨車を購入したものだそう。
とは言っても国鉄への乗入は承認されていました。
1969(昭和44)年に2段リンク化改造されており、改造工事を行った東洋工機の改造銘板が付いています。
因みにワム227の銘板から読み取れた改造年は1968(昭和43)年となっていました。

P1020644.jpg
ワム230
製造年は同じ1951(昭和26)年なものの製造元が小糸製作所と異なります。
ざっと見ても扉にリブが無いこと、妻面の通風口が中央1か所しかないなどワム227、228との違いが分かります。

ワム227、228、230で間のワム229は車籍はないものの救援車として現役。
P1020668.jpg
ワム229
1951(昭和26)年日之出車輛製。
扉のリブがX字形、妻面通風口が2つと国鉄ワム23000より同ワム21000に近い姿です。
製造年は1951(昭和26)年とあるものの・・・

P1020670.jpg
台枠には日本車輌東京(支店)昭和17年の銘板が付いてます。
元々1942(昭和17)年に製造された貨車を1951(昭和26)年に改造したもののようです。

参考文献:
RMライブラリー62 三岐鉄道の車輌たち-開業からの50年-(南野 哲志、加納 俊彦/著 ネコ・パブリッシング)

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保存車 | 21:48:12 | Trackback(0) | Comments(4)
彦根の国鉄コンテナC10
コンテナなので保存、放置車と言うと違和感があるかも?
コンテナにはあまり関心が無いのですが「戸口から戸口へ」なんて書かれてあるものはさすがに気になりますね。
場所はJR彦根駅構内の京都方。
学生時代から変わらずここに置いてあるのでもうすっかり馴染みのコンテナです。

P1020038_201807122219236a3.jpg
JNRマークと国鉄の文字が塗り潰されてますが部内で使用するのに問題があるのでしょうか??
番号はC10-14060
C10形コンテナは1966(昭和41)~1969(昭和44)年に15,126個製造と言うことなので番号からすると後期製造分のようですがそれでも製造から半世紀は経っているでしょうね。
現在の鉄道コンテナは側面が開き戸で妻面は壁ですがこのC10は妻面が扉になってます。
側面扉式はコキ車に積載した状態でも積み降ろしできるという利点はありますが、トラックは後ろからの積込みが多いのでトラックターミナルに出入りするなら妻面扉式の方がいいでしょうね。

P1020037_20180712221921a0b.jpg
「戸口から戸口へ」・・・今なら"Door to Door"
横文字にしただけじゃねーか(笑)
かつては小荷物や貨物を送り主が発駅へ持って行き受取主が着駅で受け取る方式でしたが国鉄はコンテナ輸送とともに駅からトラックが家まで集配、配達に出向くというサービスを始めました。
目の付け所は良かったのでしょうが取扱量は上手く伸びずトラックによる宅配便が普及してしまいました。

時変わって現在はトラックドライバーが高齢化で人手不足が問題になってますが拠点間輸送は少々時間が掛っても長距離トラックから鉄道輸送にシフト、トラックは中近距離に絞って使うべきだと思いますね。
そもそもそんなに急いでいない荷物でも翌日配達とか異常に急いで運送会社さんに要らぬ負担を掛けるものが多過ぎる気がします(- -;)

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保存車 | 22:56:07 | Trackback(0) | Comments(2)
野辺山SLランドの井笠7とTMC
野辺山SLランドで静態保存されているコッペルとモーターカー。

P1020257.jpg
井笠鉄道のCコッペルと岐阜工事局の富士重TMC200。変わった組み合わせです。

P1020256.jpg
まずは井笠鉄道の7号機。
独オーレンシュタイン ウント コッペル(Orenstein und Koppel)社1925(大正14)年製のCサイドタンク機。
自重12.19tと現在でも残る軽便コッペル機では結構大きめ。

P1020242.jpg
井笠鉄道で1955(昭和30)年10月の廃車まで活躍しました。
今は丸瀬布にいるホハ13、1418、19を牽いて走っていたのでしょうね。

P1020246.jpg
井笠で廃車後も鬮場(くじば)車庫で保管され1961(昭和36)年頃より兵庫県内で保存、保存先は転々と移っていたようで流れ流れて2003(平成15)年に野辺山へたどり着いたようです。

P1020241.jpg
岐阜工事局 土車モ-200。
富士重工業1965(昭和40)年製のTMC200AS。自重は13t。
近江鉄道モ245と同タイプですがこちらは前面3枚窓でキャブ後方に貨物室か客室(?)らしきスペースがあり折り戸が付いてるのが特徴的。
オレンジ色なので鉄道建設公団のモーターカーを連想しますがこちらは国鉄の岐阜工事局のクルマ。
国鉄の工事局は主に鉄道の線路工事を行ってましたが鉄道に関係ない道路、橋梁工事も請け負っておりその実態がよくわかりません。

P1020245.jpg
千葉県の個人所蔵を経ての入線らしいですが岐阜工事局というと東海道本線清州駅の旧敦賀セメント専用線にオレンジ色の保線車を大量に保管してましたがそのうちの1台なのでしょうか?因みに検査標記は「甲検 昭和55年11月」とかなり古いです。
岐阜工事局は後にJR東海建設工事部となっていましたがこの側線も最後まで残っていたバラストスイーパが姿を消しました。

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保存車 | 22:48:42 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋市郊外のコキフ50000の車掌室
名古屋市郊外某所にコキフ50000の車掌室が置いてありました。
ワフやヨなら珍しくもない(とは言えこれもだいぶ数も減りましたね)のですがコキフとなると希少価値が高いですね。
名古屋近辺では名古屋貨物ターミナル構内と他にもう1か所で見た覚えがありますがそちらはまだあるかどうか不明。
P1000082.jpg
中央に低いガラベン、右にT字形の背の高いガラベンの2つがあるのでコキフ50000と見られます。
コキフ10000は中央のガラベンのみとのこと。
コキフはどちらも現役時代を見たことがない車両なので大雑把なイメージしかなくてよく分かってませんが(爆)

P1000077.jpg
乗務員扉の窓が大きいタイプです。
運送業者さんが倉庫代わりに使っている(いた?)ようですね。

P1000080.jpg
コンテナ側は壁だけでのっぺらぼうです。

P1000078.jpg
道を挟んで反対側にはワム60000かワラ1と見られる貨車も。
上半分しか見えずこれだけではどちらかまでは判別不能。

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保存車 | 23:00:41 | Trackback(0) | Comments(0)
畑の中の静岡鉄道→日立電鉄クモハ352
鉾田市内の畑に残る日立電鉄クモハ352の廃車体。
塗装が静岡鉄道時代末期から日立電鉄譲渡後初期の塗装に復元されています。
元は静岡鉄道のクモハ352でクモハ351+クモハ352の固定編成を組んでいました。
IMG_2000.jpg
元を正す1930(昭和5)年新潟鐵工所製の鶴見臨港鉄道モハ107(後モハ117に改番)、国有化後1953(昭和28)年にモハ1503に改番されたものの2年で廃車されて静鉄モハ19に。
仲間のモハ18(鶴臨モハ103→113→国鉄→モハ1503→)と編成を組んで静岡~清水の都市間輸送に就いていました。
1964(昭和39)年には静鉄の型式称号改正でモハから私鉄では珍しいクモハに。
1968(昭和43)年10月には静鉄長沼工場でこの車体を新造して日立電鉄譲渡後までの車番であるクモハ352に改番、同様に車体新造されたクモハ18改めクモハ351と引き続き編成を組んでいました。

IMG_2004.jpg
製造当時としては垢抜けた車体で静岡鉄道の技術力の高さを窺わせます。
先に登場していた300系と同等の車体ですが機器流用車のため足回りは古めかしい吊り掛け電車でした。
日立電鉄には1985(昭和60)年に転入しましたが足回りが旧型なため1994(平成6)年に営団地下鉄(現・東京メトロ)銀座線2000形に置き換えられています。

IMG_2005.jpg
クモハ351も払い下げられ最近まで日立電鉄のオレンジクリーム色のまま残ってたらしいのですが撤去されたそうで。
北陸出身者としては福井鉄道に転属してた静鉄300系と同型車体なので親近感があります。

DSC_0768.jpg
2009(平成21)年8月7日銚子電鉄外川にて撮影
鶴見臨港→国鉄時代に同型式、同型車体だった銚子電鉄デハ301。
こちらも同じ新潟鐵工所製でモハ105→モハ115と改番。一足先の1949(昭和24)年に国鉄で廃車となり銚子電鉄入りしてます。銚子には60年あまり居着いてました。
営業運転からは外れ足場を取り付け架線点検用に使われてたそうですがこの撮影後まもなく解体されたとのこと。
静鉄長沼工場には無車籍の牽引車として車体未更新のまま残ったクモハ20(鶴臨モハ109→モハ119→国鉄→モハ1505)が2007(平成19)年まで残っていましたが車内から見ただけで撮影してません(^ ^;)
こちらも同型車ですがメーカーが違い浅野造船所製でした。

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保存車 | 23:58:27 | Trackback(0) | Comments(0)
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