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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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米原市米原公民館キ555の銘板
米原駅からほど近い米原市米原公民館に保存されているキ555。
学生時代からの馴染みの保存車ですが塗装し直したのか綺麗になっていました。

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単線用ラッセル車のキ100形に対する復線用キ550形です。

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米原駅常備で大垣~米原の除雪に使用ということなので東海道本線の隘路・関ヶ原を守るためにいたわけです。
前照灯はごっつい雪覆いに守られた主灯と両脇に副灯2つ。左上には吹鳴時以外は蓋が覆っているタイホーンを備えています。

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説明板。製造年月は1943(昭和18)年3月とありますがこれには若干疑問点があります(後述)。
製造所は国鉄土崎工場・・・現在のJR東日本の秋田総合車両センターですがファンの間では今でも土崎工場と言った方が通りは良いですね。
説明板の下にはATSの車上子が見えてます。ATSは除雪車を後押しする機関車のを使用していたものと思ってましたが発見でした。

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ブレーキ用だけでなくブレードの開閉や上げ下ろしに圧搾空気を使用するため屋根上にはエアタンクを6本も搭載。
運転席(というより除雪装置操作&監視室と言うべきか)の後部から突き出し前後に延びる煙突はダルマストーブのものでしょう。
見えてる後部台車は古典的なTR20タイプのアーチバー台車、そのため走行速度は65km/h以下に制限されてました。
速度制限がある貨車であることを示すため(機関車に押される無動力の除雪車は貨車に分類されてました)車体周りに黄帯、キ555の番号前には「ロ」の文字が入ってます。

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側面の銘板には「運輸省 土崎工場 昭和21年」とあります。
1943(昭和18)年製造とありましたがこちらは製造銘板でなく改造銘板なのか?
それより「運輸省」と入っているのは非常に珍しいです。
メーカー名や「鉄道省」「日本国有鉄道」「JR○○○」は多いですが運輸省と入るのはごく限られた時期。
 1943(昭和18)年11月1日 鉄道省と逓信省を統合。「運輸通信省」に。
 1945(昭和20)年5月19日 旧・逓信省の通信関係業務を逓信院に分離し「運輸省」に改称。
 1949(昭和24)年6月1日  国有鉄道業務を公共企業体「日本国有鉄道」に移管。
1945(昭和20)年5月19日から1949(昭和24)年6月1日の4年間に製造、改造された車両に付いた銘板のようで、戦中から戦後に掛けた混乱期の省庁組織の目まぐるしい変化の名残りです。
2001(平成13)年には運輸省も国土交通省に改組されたのでこの名前も忘れられていくのでしょうね。

IMG_2246.jpg
キ550が引退した後は除雪装置と機関車が一組のDE15(美濃太田区所属)が活躍してましたが関ヶ原の積雪減少で使用頻度も下がりこちらも引退してしまいました。
この画像は13年も前・・・2003(平成15)年11月醒ヶ井駅での撮影です。

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保存車 | 21:53:45 | Trackback(0) | Comments(0)
元・井笠鉄道ホハ13、14
こちらもホハ18、19と同じく1925(大正14)年日本車輌製。
見た目もほとんど変わりませんがこちらは井笠鉄道が発注した客車。
井笠ではそれ以前の客車がオープンデッキだったのに対し扉付で登場しましたが、ホハ18、19と同じく西武でオープンデッキに改造されました。
ホハ18、19と同じ経緯で丸瀬布まで来ています。
なお西武山口線時代はホハ13→37、ホハ14→38となっていました。

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ホハ13の後ろ姿。
こちらは後部妻板が撤去され展望車となっています。

DSC_0962.jpg
ホハ14は上回りを解体され、現在どのように改造するか検討中とのこと。
台枠には西武鉄道の文字がそのまま。

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丸瀬布林鉄21号+井笠ホハ19+井笠ホハ13の編成。
西武で改造される前はホハ18、19は両端のドア下に大きなステップが垂れ下がっていたのに対し、ホハ13、14はドア下もストレートになっていました。
ホハ18、19のステップが撤去されると区別を付けにくいですね。

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保存車 | 00:04:00 | Trackback(0) | Comments(0)
元・井笠鉄道ホハ18、19
丸瀬布の客車というと元・井笠鉄道の客車がいますが標記が消されてていまいち元の番号がよく分かってませんでしたが一応特定できました。

と言うわけでまずは元・井笠鉄道ホハ18、19号から。
ルーツを辿ると両備軽便鉄道(現在のJR福塩線 福山~塩町の前身)が1925(大正14)年に日本車輌で新製したナ19、20号。
両備軽便鉄道は同時にナ16~20の5両を購入してますがナ16~18は1933(昭和8)年に両備鉄道(国有化時には「軽便」の2文字が取れてた)が国有化されたとき路線と一緒に鉄道省に籍が移ったものと見られます。
ナ19、20は国有化からから漏れた支線(高屋~神辺)を別会社化した神高鉄道に引き継ぎ。
ところがこの会社も一支線だけでは経営が立ち行かなくなり、両備時代から神辺で接続、相互乗り入れも行っていた井笠鉄道が1940(昭和15)年1月1日に運営を引き継ぎ同鉄道の高屋線に編入しました。
ナ19、20は井笠鉄道ホハ18、19となり、井笠鉄道線全廃の1971(昭和46)年まで使われたようです。
その後1972(昭和47)年より西武鉄道山口線の蒸機運行用として井笠鉄道1号機とともに西武鉄道へ送られ西武35,36号となっています。
1985(昭和60)年に山口線が新交通システムに改修されてからは西武鉄道が運営していた遊園地ユネスコ村に静態保存されてましたが1993(平成5)年に丸瀬布入りして動態復活したとのことです。

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両備ナ20→神高→井笠ホハ19→西武36と移り変わった客車。
丸瀬布では番号標記がないですが展望スペースがない方の車両ということで見分けられます。
井笠時代はオープンデッキではなくドアがあり、ドア下には大きめのステップもあったのですが西武(ということは所沢工場でしょうね)でオープンデッキに改造されたようです。
原形のままと思ってましたが結構大胆にいじられてますね~。

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両備ナ19→神高→井笠ホハ18→西武35。
こちらは西武時代のまま。ローズピンクは西武旧型電機のイメージでしょうか。
そう言えばステップだけでなく台車もより小型のダイヤモンドトラックに交換されています。
両備鉄道の本線はナローながら1927(昭和2)年に直流600Vで電化(神高鉄道となる支線は非電化)されておりこれらの客車も日立製凸型電機に牽かれたこともあったはず。

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35(井笠ホハ18)の妻面には西武時代の標記もそのまま。


2016(平成28)年8月5日追記

両備鉄道から鉄道省に移った3両内2両の行方が分かりました。
ナ16、18は両備鉄道引継ぎの福塩線(福塩南線)が1935(昭和10)年に改軌完成したことで同線起点の福山から瀬戸内海の鞆の浦へ延びていた鞆鉄道へ払い下げられていました。
鞆鉄道は1954(昭和29)年3月に鉄道営業を廃止しておりこの2両も同時に廃車されたと見られます。
残るはナ17ですがどこかに払い下げられたのか国鉄で廃車になったのか?

両備ナ16→鉄道省ケコハ235→鞆ボハ11 
両備ナ17→鉄道省ケコハ236?→?
両備ナ18→鉄道省ケコハ237→鞆ボハ12
両備ナ19→神高ナ19→井笠ホハ18→西武35→ユネスコ村(静態保存)→丸瀬布いこいの森
両備ナ20→神高ナ20→井笠ホハ19→西武36→ユネスコ村(静態保存)→丸瀬布いこいの森


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保存車 | 00:25:30 | Trackback(0) | Comments(0)
奥三河郷土資料館の田口鉄道モハ14
旧・三河田口駅から田口の市街地に上り、さらに高台に上ったところにある奥三河郷土資料館。
こちらで田口鉄道モハ14が保存されています。

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1925(大正14)年日本車輌製で豊川鉄道(現・飯田線 豊橋~大海)が電化時に導入したモハ14が前身で田口鉄道の車両ではありませんでしたが相互乗り入れで田口線内で運用に就くことも多く元々縁のある車両です。
木造車体に鋼板を張り付けた所謂「ニセスチール」車で、同時期の鋼製、半鋼製車と比べると窓が小さく屋根も深いのでずんぐりした印象。
同時期の日車製電車はそろそろ半鋼・鋼製車に移って行く頃で他に同タイプの車両は見当たりません。
強いて言うなら丸子鉄道デ200→上田丸子電鉄モハ3350形や尾西鉄道デボ200→名鉄モ200辺りが近いでしょうか?

現・飯田線区間では豊川鉄道にモハ11~15、姉妹会社の鳳来寺鉄道モハ10が在籍し共通運用に就いて豊川、鳳来寺、田口さらには三信鉄道にも乗り入れ現在の飯田線南部区間の主力車両になっていたようです。
国鉄買収後は木造車のためか昭和20年代半ばには全廃となっており、モハ11、12は廃車、モハ10、13は大井川鉄道モハ201、202に、モハ14、15が車号はそのままに田口鉄道へ払い下げとなっています。
豊橋鉄道田口線となってからは1964(昭和39)年に形式から「ハ」が消えて名鉄流にモ14、15となっていました。

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モハ14と15は同型ですが尾灯がモハ14は埋め込み型なのに対しモハ15は外付けのガイコツ型でした。
前面のサボ受けと手すりは豊橋鉄道時代に取り付けられたようです。
豊川鉄道時代は路面電車のようにサボの位置に前照灯が付いていました。

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前面の丸みは結構強目。
車体塗装は豊川:グリーン→国鉄:茶色(?)→田口:青+黄→茶→茶+黄(蒲原鉄道風?)と移り変わってます。

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木造車の特徴であるトラス棒が間近に見られる貴重な存在。
木造の車体が緩んで来たら中央のバックルを締めて調整するというもの。
床下機器の説明も細かく付けられていてわかりやすいです。
ただし4基付いていたはずのモーターは廃車時に他車へ流用されたのか取り外されています。

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運転席と客室の仕切り上部幕板に残る14の車号と日車の銘板跡。よく見ると車号の上にもう一つ14の文字跡が見えます。

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車内は半分が元の座席、もう半分は田口線に関する展示コーナーとなっています。
窓が小さいためか車内はやはり暗めな印象。前述の尾西鉄道デボ200や丸子鉄道デ200は幕板部分にも窓が付く洒落たデザインでしたがこれよりは明るい車内だったのでしょうか。
丸屋根構造なのですが室内から見るとダブルルーフ風になっているのが面白いところ。

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保存車 | 23:00:46 | Trackback(0) | Comments(0)
五泉市総合会館の旧・蒲原鉄道モハ41
蒲原鉄道は磐越西線五泉駅から分岐していましたが、その五泉駅より北の市街地(むしろ北五泉駅に近い)にある五泉市総合会館にも鉄道線全廃まで活躍していたモハ41が保存されています。

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保存場所の上屋がまたいい感じで木造車庫に納まっているような雰囲気です。
東京電機工業の出張工事により村松車庫で製作された車体とモハ13の電装品を組み合わせて1954(昭和29)年に製造された電車。

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この手の車両はたいてい前面3枚窓ですが珍しく2枚窓になっています。蒲原鉄道と言えばこの顔のイメージですね。
廃止まで活躍し村松駅構内で解体されたというモハ31も同タイプでしたが、モハ41は後に車体延長と中央扉が増設され、より大型になっていました。

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大型車体にしては華奢な感じがする台車。
モハ13のお下がり・・・モハ11と同じ台車です。
モハ13はモハ41製造時にモハ1の台車に交換されており、玉突きでモハ1が廃車になっています。
何ともややこしいですが中小私鉄ではよくあったこと。
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旧・蒲原鉄道冬鳥越駅跡~その1~でモハ1が部品をモハ31に譲ったように書いてましたが間違いでした。
訂正しときました(_ _)
モハ31はデ101→モハ21のボールドウィンタイプの日車製台車を引き継いでいます。
デ101→モハ21がモハ1の台車を引き継いでいますがこちらは1979(昭和54)年に廃車されています。
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車内。半室運転台です。
ワンマンですが料金箱はなし。料金徴収はどういう風にやっていたのでしょう。

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運転室の後ろに五泉~村松の手書き運賃表がありました。

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モハ41の非パンタ側(元の五泉側)。
後ろに名鉄グループ塗装のバスが??

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外を通って行くバスは愛知県知多半島方面ではお馴染みの知多バス?

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保存車 | 21:34:38 | Trackback(0) | Comments(0)
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