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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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近江鉄道ワフ1形
近江鉄道彦根駅構内で最近まで数多く見られたワフ1形。写真などを見返した限りではワフ4~9がいた様子。
近江鉄道ミュージアム閉鎖で全て姿を消したと思われますがまだどこかにいたりしませんよね?
木造のワブ2型ワブ2号、ワブ3型3,4号を鋼体化してワフ1~3号とする設計認可申請が1963(昭和38)年5月2日。
ワフ4~9号もその後続けて鋼体化したものと思われますが認可書類は見ていません。

●ワフ1~3のスペック
全長6300mm、全巾2573mm、全高3358mm
固定軸距3098mm
荷重8t、自重7.75t

直前には国鉄よりED14 2,3も譲受しており当時増大していた石灰石輸送などに充てるワフ延命のため生まれた車両だったようです。

20021007-1.jpg
灰色ワフ+ワフ5+ワフ4。灰色ワフだけ車号不明。
当時は残存数が多くあまり有難味が無かったのか本気で調べることも無かったです(^ ^;)

021007_wafu5_1.jpg
ワフ5
車体の番号はもう読めなくなっていましたが台枠の番号はまだ読める状態。
乗務員扉にはうっすらと「車掌」の文字が見えます。
種車の流用と見られる古典的なシュウ式軸受けが新し目の上回りと不釣り合い。
ワフ1登場から間もないヨンサントオこと1968(昭和43)年10月ダイヤ改正で国鉄乗り入れは2段リンク式しか認められなくなり多くのシュウ式軸受けを持った貨車が失職するか軸受け改造を行いましたが最初から線内利用しか想定していないワフはそのままで残ったようです。

021007_wafu4_1.jpg
ワフ4
こちらは荷重8t、自重7.8tの文字も見えます。
以上3枚2002(平成14)年10月7日 彦根で撮影

041120_fr_1.jpg
彦根車両基地の車両が整理され有蓋車群も処分されたものと思っていたら黒塗りされてずら~り。
異様な光景に気圧されました。

041120_wafu4-5_1.jpg
元の標記が消えたので車号がわかりません。
下回りの塗装状態や配列からすると↑のワフ4+ワフ5かな?

061022_wafu8_1.jpg
彦根車両基地整理時に元々比較的状態が良かったためかワフ8は再塗装対象から漏れた様子。
とは言えこちらも現役時代の塗装ではなく休車状態になってから再塗装ではないかと思われます。
そのためか自重や荷重、乗務員扉の車掌標記は省略されています。

061022_wafu9-7_1.jpg
灰色ワフ+ワフ9+ワフ7+ワ?
灰色ワフ以外は車号が記入されましたが本当に合ってる?
消去法で行くと灰色ワフはワフ6ということになるのですが・・・。

これらワフは近江鉄道貨物の最末期には連結が省略されていたようで最後の鳥居本石油貨物には連結されていませんでした。
1984(昭和59)年頃の写真を見るとまだ連結されていたので石灰貨物と共に運用が無くなったのでしょうかね。
その後も長く残っていたわけですがワフ1~3は2000(平成12)年頃には既に解体されていたのか見た覚えがありません。

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関西私鉄 | 22:19:14 | Trackback(0) | Comments(0)
近江鉄道ホキ10形~その1~
近江鉄道の現役貨車。チ11、12に引き続きバラスト輸送、散布用のホッパ車。

P1120455.jpg
手前(米原方)からホキ13+ホキ11+チ11+チ12+モハ226の順で連なる貨車群。

P1120456.jpg
近江鉄道彦根工場で国鉄ホキ800の図面をもとに自作したというホキ10形。
ホキ11、12が1985(昭和60)年7月にホキ1、2の改造名義、ホキ13は1986(昭和61)年2月に多賀石灰原石輸送に使っていたセキ31の改造名義で実質新製しています。
本家の国鉄→JRホキ800とは荷台のおナベに補強の斜材が追加されていたり柵の形状が異なっていたりと製作、使用環境に合わせて適宜仕様を変更しているようです。

IMG_5874.jpg
参考画像:
JR西日本ホキ1166北陸本線糸魚川駅 2008(平成16)年1月20日

ところでホキ11、12の改造名義になったホキ1、2は見たことがありません。北陸鉄道石川線にいたホム1が西武から近江に入って1967(昭和42)年に北鉄転出していますがそのホムとホキ10形新製までの間つかわれていたものでしょうか。
当日はホキ12がいないなと思っていたら既に廃車されてしまっていました。
電機から車長の長いモハ220に代わると有効長の問題からホキは2両使用となり余剰となったホキ12は解体されてしまったそうです。

IMG_1673.jpg
ED313牽引のバラスト列車が国道8号線の下から出てきました。
2003(平成15)年10月20日 高宮~彦根口

IMG_1674.jpg
編成はED313+ホキ13+ホキ12。
ED313の先に警報機も遮断器もない4種踏切が見えますが近江本線が緩くカーブする先に国道8号の築堤が目隠しをして電車の接近が見え辛く聞こえ辛い怖い踏切でしたが、今は警報機、遮断器とも設置されていました。
怖い反面国道8号で長々と赤信号で待たされることもないためよく耳を澄まして通っていた思い出の道~。
2003(平成15)年10月20日 高宮~彦根口

IMG_2044.jpg
五箇荘砂利線の末端で積み込みを行うED314+ホキ12+ホキ13+ホキ11。
セイタカアワダチソウが邪魔ですね(- -;)
2003(平成15)年11月12日 五箇荘砂利線

IMG_2045.jpg
積込が終わって五箇荘駅手前まで出てきた同編成。
2003(平成15)年11月12日 五箇荘

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関西私鉄 | 22:51:38 | Trackback(0) | Comments(0)
近江鉄道チ11、12とモハ505+クハ1505
近江鉄道彦根駅構内は整理されて以前のような怪しげな車両はほとんど姿を消しましたが西側にはまだその片鱗が。
P1120463.jpg
モハ226が従えた貨車群。

P1120462.jpg
チ11
モハ505の上回りを取り払い台枠を荷台として利用。
上回りが無くなって重量がかからなくなったなったためなのか台枠中央が盛り上がって遠目にはアーチ状になっています。

P1120460.jpg
チ12
こちらは元クハ1505。
釣り掛けのエアサス台車FS-40を履いてますがエアが供給されないので空気ばねはパンクさせた状態で使っているはず。

IMG_1437.jpg
チ11、12のタネ車になったモハ505+クハ1505。
500形は貫通扉に行先表示の窓が付いて一見方向幕のように見えますが単に内側から表示板を掲げているだけ。
この時は彦根工場で客用扉にステップを付ける改造を行い、その出場試運転の直後だったようです。
試運転の運板を見たのはこの時だけでした。
2002(平成14)年5月16日 彦根

IMG_0332.jpg
既に500系の白帯車は502F、503Fが運用から外れており、504Fも動いているところを見なくなっていました。
505Fも予備車だったようでせっかくステップを付けてもあまり動いているところは見られませんでした。
2003(平成15)年3月11日 彦根

IMG_0335.jpg
営業運転に就いているところを撮影できたのはこの時だけ。
2003(平成15)年3月11日 彦根

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関西私鉄 | 21:37:20 | Trackback(0) | Comments(2)
宮津駅の西方から
墓参り後に撮った京都丹後鉄道~。

P1110625.jpg
宮津駅4番線で発車待ちの最古参MF100形MF104。
宮津~福知山の宮福線が宮福鉄道として開業した1988(昭和63)年登場の富士重工業製。

P1110636.jpg
全長16500mmでKTR700、800と比べると一回り小さく台車もエアサスが無いコイルばねのFU34D、FU34Tとワンランク落ちる・・・というより身の丈に合った車両だったのではないかと思います。

P1110634.jpg
宮津でスイッチバックして宮福線から宮津線へ入り天橋立へ向かうJR西日本より乗入の287系特急はしだて。
京都始発の特急で昔あった急行はしだての名前を引き継ぐ存在。
1992(平成4年)までの急行時代はキハ58+キハ28の2連で小浜、舞鶴線経由で敦賀~天橋立を結んでいました。
下り天橋立行きは福井始発で運転されていたこともあり北陸本線内は普通、敦賀から急行に変わっていました。
DMH17Hの爆音を轟かせて北陸トンネルを駆け抜けるキハ58に何度か乗りましたが今から考えると凄まじいですね。
1992(平成4)年に快速格下げとなり天橋立~小浜はキハ53-0番台車の単行、小浜~敦賀ではキハ58+28を増結して3連で運転していました。
快速と言っても小浜の辺りで東小浜、新平野、若狭有田くらいしか通過駅が無い実質普通列車だったように思います。
それも1996(平成8年)に福知山~宮津~天橋立電化開業により特急電車に名前を譲って廃止、小浜線からの定期乗入列車が無くなりました。

P1110622.jpg
宮津駅に隣接して保線を担当する工務区があるのですがなかなか雰囲気の良い建物が並んでいます。
これもJR線として残っていたらとっくの昔に建て替えられてそうな建物ですが子供の頃見たままの姿で残っています。
因みに宮津駅はモーターカー庫が西舞鶴方、福知山方、豊岡方にそれぞれ3か所も。
近年降雪量は少ないですが一応雪国だからでしょうか。

P1110637.jpg
この煙出しが付いた倉庫のデザインが好み。
手前にお堂があるのもポイント高いです。
京都なので地蔵盆が盛大で8月下旬にはお堂が飾られてお地蔵さんも地元の子供たちによって彩色されます。

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関西私鉄 | 22:41:26 | Trackback(0) | Comments(0)
うらにしの京都丹後鉄道
墓参りのため京都府宮津市へ~。
久し振りに名古屋圏以外で1067mmゲージの現役鉄道写真をまともに撮った気が・・・汗

P1110581.jpg
山陰本線福知山から宮福線経由で行くつもりだったのですが、時刻表を見ると西舞鶴経由でも宮津到着が4分差しかなく昔からおなじみの由良川橋梁を通りたかったこともあって綾部で舞鶴線各停に乗り換え。
ここで現れたのが久し振りの113系。クモハ113-5302に乗車して西舞鶴へ向かうと急に天候が悪化(爆)
「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるあのどんよりした「うらにし」と呼ばれる空模様に。

P1110600.jpg
時折小雨が降る西舞鶴で京都丹後鉄道乗り換え。列車の運行が北近畿タンゴ鉄道から移管されてから初乗車。
待ち時間の間に西舞鶴機関区の片隅に佇むKTR001形タンゴエクスプローラーを撮影。
新車で登場した頃からよく見知って何度も乗った車両がこんなになってしまっているのを見ると何だか・・・ねぇ。
JR宮津線が北近畿タンゴ鉄道に移管された1990(平成2)年富士重工業製なのでもうすぐ登場から30年。
左がKTR001の第1編成で既にエンジンも外されて運用離脱しているそう。
右のKTR011編成は定期運用こそないものの特急用KTR8000形の代走が12月中にもあるそう。

P1110605.jpg
1996(平成8)年富士重工業製のKTR8000形はタンゴディスカバリーから「丹後の海」に改装されて特急車の主力。
KTR001は3両固定編成なのに対しこちらは2両編成で使い勝手が良いのでしょうか。

P1110608.jpg
宮津までは普通のKTR800形KTR803に乗車。
こちらもタンゴエクスプローラーと同じく1990(平成2)年富士重製。
普通の富士重タイプLE-DCと異なり前照灯が3灯で屋根が丸っこいオリジナルタイプ。

P1110633.jpg
墓参りを済ませた後に宮津駅近くでKTR700形KTR703も撮っています。
こちらも1990(平成2)年富士重製。
KTR700とKTR800の違いはKTR700がトイレ有、KTR800がトイレ無し。
KTR700、800共一般車ですが枕バネエアサスを履いて当時の三セク一般型DCとしてはかなり贅沢なつくりだなと思ったもの。
タンゴエクスプローラー導入にせよ当時まだバブル期だったこともあるのでしょうか。

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関西私鉄 | 22:45:48 | Trackback(0) | Comments(0)
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