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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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宮津駅の西方から
墓参り後に撮った京都丹後鉄道~。

P1110625.jpg
宮津駅4番線で発車待ちの最古参MF100形MF104。
宮津~福知山の宮福線が宮福鉄道として開業した1988(昭和63)年登場の富士重工業製。

P1110636.jpg
全長16500mmでKTR700、800と比べると一回り小さく台車もエアサスが無いコイルばねのFU34D、FU34Tとワンランク落ちる・・・というより身の丈に合った車両だったのではないかと思います。

P1110634.jpg
宮津でスイッチバックして宮福線から宮津線へ入り天橋立へ向かうJR西日本より乗入の287系特急はしだて。
京都始発の特急で昔あった急行はしだての名前を引き継ぐ存在。
1992(平成4年)までの急行時代はキハ58+キハ28の2連で小浜、舞鶴線経由で敦賀~天橋立を結んでいました。
下り天橋立行きは福井始発で運転されていたこともあり北陸本線内は普通、敦賀から急行に変わっていました。
DMH17Hの爆音を轟かせて北陸トンネルを駆け抜けるキハ58に何度か乗りましたが今から考えると凄まじいですね。
1992(平成4)年に快速格下げとなり天橋立~小浜はキハ53-0番台車の単行、小浜~敦賀ではキハ58+28を増結して3連で運転していました。
快速と言っても小浜の辺りで東小浜、新平野、若狭有田くらいしか通過駅が無い実質普通列車だったように思います。
それも1996(平成8年)に福知山~宮津~天橋立電化開業により特急電車に名前を譲って廃止、小浜線からの定期乗入列車が無くなりました。

P1110622.jpg
宮津駅に隣接して保線を担当する工務区があるのですがなかなか雰囲気の良い建物が並んでいます。
これもJR線として残っていたらとっくの昔に建て替えられてそうな建物ですが子供の頃見たままの姿で残っています。
因みに宮津駅はモーターカー庫が西舞鶴方、福知山方、豊岡方にそれぞれ3か所も。
近年降雪量は少ないですが一応雪国だからでしょうか。

P1110637.jpg
この煙出しが付いた倉庫のデザインが好み。
手前にお堂があるのもポイント高いです。
京都なので地蔵盆が盛大で8月下旬にはお堂が飾られてお地蔵さんも地元の子供たちによって彩色されます。

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

関西私鉄 | 22:41:26 | Trackback(0) | Comments(0)
うらにしの京都丹後鉄道
墓参りのため京都府宮津市へ~。
久し振りに名古屋圏以外で1067mmゲージの現役鉄道写真をまともに撮った気が・・・汗

P1110581.jpg
山陰本線福知山から宮福線経由で行くつもりだったのですが、時刻表を見ると西舞鶴経由でも宮津到着が4分差しかなく昔からおなじみの由良川橋梁を通りたかったこともあって綾部で舞鶴線各停に乗り換え。
ここで現れたのが久し振りの113系。クモハ113-5302に乗車して西舞鶴へ向かうと急に天候が悪化(爆)
「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるあのどんよりした「うらにし」と呼ばれる空模様に。

P1110600.jpg
時折小雨が降る西舞鶴で京都丹後鉄道乗り換え。列車の運行が北近畿タンゴ鉄道から移管されてから初乗車。
待ち時間の間に西舞鶴機関区の片隅に佇むKTR001形タンゴエクスプローラーを撮影。
新車で登場した頃からよく見知って何度も乗った車両がこんなになってしまっているのを見ると何だか・・・ねぇ。
JR宮津線が北近畿タンゴ鉄道に移管された1990(平成2)年富士重工業製なのでもうすぐ登場から30年。
左がKTR001の第1編成で既にエンジンも外されて運用離脱しているそう。
右のKTR011編成は定期運用こそないものの特急用KTR8000形の代走が12月中にもあるそう。

P1110605.jpg
1996(平成8)年富士重工業製のKTR8000形はタンゴディスカバリーから「丹後の海」に改装されて特急車の主力。
KTR001は3両固定編成なのに対しこちらは2両編成で使い勝手が良いのでしょうか。

P1110608.jpg
宮津までは普通のKTR800形KTR803に乗車。
こちらもタンゴエクスプローラーと同じく1990(平成2)年富士重製。
普通の富士重タイプLE-DCと異なり前照灯が3灯で屋根が丸っこいオリジナルタイプ。

P1110633.jpg
墓参りを済ませた後に宮津駅近くでKTR700形KTR703も撮っています。
こちらも1990(平成2)年富士重製。
KTR700とKTR800の違いはKTR700がトイレ有、KTR800がトイレ無し。
KTR700、800共一般車ですが枕バネエアサスを履いて当時の三セク一般型DCとしてはかなり贅沢なつくりだなと思ったもの。
タンゴエクスプローラー導入にせよ当時まだバブル期だったこともあるのでしょうか。

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関西私鉄 | 22:45:48 | Trackback(0) | Comments(0)
近江鉄道トム200形他~その2~
近江鉄道トム200形で1台車号不明なのがいました。

20041120-1.jpg
彦根 2004(平成16)年11月20日
整理されてずらりと並んだ有蓋貨車やレールバス。
その中に・・・

20041120-2.jpg
彦根 2004(平成16)年11月20日
アオリ戸を撤去された無蓋貨車が1台。
特に狙って撮ったわけでは無いので写真では半分で切れちゃってます(^ ^;)
軸箱両側の軸箱守がW字型の古いタイプ。他のトム201~206は左のワ(車号不明)のようにがっちりとした台形1枚板の軸箱守でした。
W字型の軸箱守の方が恐らく国鉄トム5000形の原型に近いものと思われます。

20061022.jpg
彦根 2006(平成18)年10月22日
近江鉄道ミュージアム開館時の様子。
大量にいる貨車の中でアオリ戸も無く地味なせいかあまりまともに撮っていないです。(反省)

●この貨車はトム何号?
このトムについて近江鉄道ミュージアムではトム206と説明が付いていました。しかし同ミュージアム閉館後有田川町鉄道交流館に譲渡される際は部内の資料からトム203に訂正されているそうです。
しかしトム206はレール工臨編成、トム203は高宮で放置されているのを上写真撮影と同時期に見掛けておりどちらの車号でも矛盾が・・・(汗)
さらに和歌山の某御大より現車の台枠には「トム20~」のペイント跡があるものの一の位は不鮮明で7とも3とも取れるとのこと。
私も有田川で撮影させて貰ったのですが写真データが消えてる・・・(- -;)
因みにトム207はトム208、209と共に1985(昭和60)年12月26日付けで廃車になっています。

国立公文書館所蔵の近江鉄道トム200形、トム300形竣工図面
トム200、300とも中央に観音開きの開き戸がある国鉄時代の原形。
200と300では荷台の内寸は同じですが全長、床面高さなど細かい点が異なっています。
ohmi-tom205-210.jpg
国鉄より払い下げを受けたトム205~210

ohmi-tom219-224226.jpg
有田鉄道より譲渡されたトム219~224、226

ohmi-tom305307-311.jpg
有田鉄道より譲渡されたトム305、307~311

参考文献:
鉄道ピクトリアル 2000年5月臨時増刊号 関西地方のローカル私鉄(電気車研究会)

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関西私鉄 | 21:09:49 | Trackback(0) | Comments(0)
近江鉄道トム200形他~その1~
近江鉄道ト50形の続き。
国鉄から大量購入した無蓋貨車群は他にも~。
まずは10t積みクラスのト形。1948(昭和23)~1951(昭和26)年にかけて国鉄ト1、ト4900、ト6000、ト10100、ト30000、トフ100形が入ってますが近江での形式は国鉄の複数形式が入り混じりわけのわからない状態。
実質タネ車として買っただけで近江では改造して原形を留めてなかったのでは?

ト100、ト150、ト500形
ohmi-to.png


15t積みクラスのトムも同時期に入っています。
一部有田鉄道から譲受していますがこちらも元を正せば国鉄トム1、5000形です。

トム200、トム300形
ohmi-tom.png

実際に見ることができたのはトム200形201~206だけ。
アオリ戸が改造されて観音開きの扉があった国鉄トム5000形時代からはかけ離れた姿になっていました。
27台もいた内から綺麗に201~206が残っていたことになりますが実際に譲受当時の番号とは思えません。
状態が良い車を残し番号を201からの順で取り直していたのではないかと思われます。

20001014-204.jpg
トム204 高宮 2000(平成12)年10月14日
中央で2枚分割の鋼製アオリ戸に改造されたトム200形。
高宮に留置されていたのをガチャコン祭りの時に撮影したもの。
この後トム204号のみ姿を見なくなったのですがどこへ消えたのか??

20020926-203.jpg
トム203他 高宮 2002(平成14)年9月26日
時折留置車両は差し替わって西武401系が留置されていたり。

20021019-206.jpg
トム206(推定) 彦根 2002(平成14)年10月19日
レール工臨編成の中間に連結されていたトム200形。
番号が見えませんが消去法で行くとトム206のはず。
アオリ戸が撤去されているためか車側部に設けられていたアオリ戸のストッパーのバネも撤去されていました。

img0006.jpg
トム206(推定) 彦根 2002(平成14)年10月31日
ロコ1101により編成組み換え作業中。
車籍は6両ともあったものの実際に使われていたのはこの車だけ。

20071125-205-201.jpg
トム205(左)、トム201(右) 高宮 2007(平成19)年11月25日
レール工臨控車トム206以外のトム201~205は何で残されていたのかわかりません。
2段リンク化はなされていなかったので国鉄乗入は1968(昭和43)年10月以降認められなかったはずですが業務用でバラスト輸送に使っていたのでしょうか?彦根工場で1985(昭和60)、1986(昭和61)年に国鉄ホキ800形を元にホキ11~13が製造されて失職してたのかも??

DSC_0731_20191020215729ae6.jpg
手前からトム205+トム201+トム202+トム203 高宮 2012(平成24)年12月18日
高宮駅構内の留置貨車解体作業中に撮影したもの

DSC_0734_201910202157318be.jpg
左からトム205+トム201+トム202+トム203 高宮 2012(平成24)年12月18日
高宮駅構内の留置貨車解体作業中に撮影したもの

今回ご紹介したトム201~206は解体して果てたはずですがこの他にも謎のトム200形が現存しています。
以下次回~

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関西私鉄 | 22:29:34 | Trackback(0) | Comments(0)
近江鉄道ト50形
近江鉄道の無蓋貨車ト50形は1948(昭和23)~1949(昭和24)年頃に国鉄より46台という大量譲受した国鉄初代ト1形(内3台はト4500、ト4700、ト4900形)が前身。
10年ほど前までト60、61の2台がレール工臨の控車として現役。ト59が高宮留置でしたがいずれも解体されたようです。

img0003.jpg
彦根で入換中のト60かト61。現役車両でしたが番号標記が見えずどちらか不明(- -;)
アオリ戸が撤去され、レールを置く枕が追加されていました。
ト60、61は元国鉄ト1形が多い近江ト50形の中で珍しく別形式の車でしたが途中で別の車両と番号がすり替わっている可能性も無きにしも非ずです。
一応ト60は元国鉄ト4700形ト4842、ト61は元国鉄ト4900形ト5120。
いずれも1948(昭和23)年3月20日に近江鉄道から竣工届が出されています。
2002(平成14)年10月31日 彦根

IMG_2026.jpg
高宮留置のト59。セキ1と一緒に止められておりこちらもアオリ戸がありませんでした。
こちらは旧国鉄ト1形ト16787。近江での竣工届はト60、61と同じく1948(昭和23)年3月20日です。
ト1形は側面アオリ戸が1枚開きとなっており、木材輸送では隙間が開き過ぎず狭すぎずで良いこと降ろす時はアオリ戸を開けるだけで良いので重宝されていたそうです。
2003(平成15)年11月12日 高宮

画像 027
ト59の米原側の車輪回り。
シュー式軸受で松葉スポークと古典的なタイプ。貴生川側はスポークでなくプレート車輪でした。
2002(平成14)年10月19日 高宮

DSC_0733_20190926231251d5f.jpg
解体待ちのト59。横のセキは番号不明。この後すぐに解体されたものと思われます。
2012(平成24)年12月18日 高宮

ohmi_to50.png
国鉄、近江の番号対照表。
国立公文書館所蔵の近江鉄道・免許書類からまとめました。

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関西私鉄 | 23:46:04 | Trackback(0) | Comments(0)
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