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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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名鉄三河線碧南駅 貨物の面影
現在三河線海線側の終着駅となっている碧南駅。
1954(昭和29)年に現駅名となるまでは大浜港駅と名乗っており三河湾の舟運との連携による貨物扱いも盛んでした。
三河線海線は1977(昭和52)年5月25日に衣浦臨海鉄道碧南線が開業すると貨物はそちらに移されて旅客専業となっています。

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運転扱い以外は無人化されてしまい改札口に駅員さんの姿はありません。
碧南市の中心市街地は一つ刈谷寄りの碧南中央駅の方に移っており駅前はガランとしてます。

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中に入るとかつての駅務室前にリヤカーがそのままになっています。
左にはタブレット扱い所の出っ張りもあります。
到着貨物があると駅員さんがカラカラと戸を開けてリヤカーを押してホームへ向かったのでしょうね。
当時のまま時間が止まっているのかのようなこの情景、そのまま保存したいくらいですね。

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リヤカーって引くものでは?と言われそうですが空荷や軽い荷物の場合こんな風に押してるのをよく見かけた気がします。
引っ張ると後ろが死角になってホーム上でお客さんを引っ掛ける危険があるからでしょうか?
実際僕も自転車通学中に曲がって来たリヤカーとすれ違いざまに引っ掛けられたことがあります(^ ^;)

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貨物側線はそのまま留置線として使われており線路は案外に残っています。
駅裏は鋳物工場。専用線はなかったようですがかつては一般貨物で原料の入荷や製品を出荷していたのでしょうか。

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非電化にされていた碧南~吉良吉田が2004(平成16)年3月31日に廃止される前は側線にディーゼルカーの給油設備がありました。
2004(平成16)年3月16日撮影

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左(東)には倉庫も3棟残っています。駐車場になっているスペースは貨物の積替えで賑わっていたのでしょうか。

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三河線沿線は三州瓦を始め土管など陶器産業が盛ん。陶磁器輸送用の貨車ポム1形などがよく見られたそうです。
奥には倉庫も並び・・・。

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こんな貨物列車が現れそうな雰囲気。
2006(平成18)年5月3日 瀬戸線喜多山駅で撮影

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ポムは積載した陶磁器が割れないようワムの車内に区分棚を設けただけで外観はあまり変わらないのでここでは似合いそうです。
ポム1形は倉庫として利用されたものが1両だけ東海市内に現存するらしいですが場所を知らないので未見。
2006(平成18)年5月3日 瀬戸線喜多山駅で撮影

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実際には現在現れる列車は6000系ばかりです。
以前は名鉄支線区も現れる車種にバリエーションがありましたがいつの間にか線区別に使われる車種が固定化されてしまいました。うちの近所の路線も朝ラッシュ時以外6800しか来ないです。

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私鉄貨物 | 22:43:49 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋臨海鉄道 赤い1つ目機ND5527
1965(昭和40)年8月1日に名古屋臨海鉄道開業50周年ということでND5527が旧塗装の国鉄DL色に塗りかえられたようです。
とある方から情報をもらって石灰貨物が新日鐵前に着く頃に行くと重連の笠寺方(つまり次位)に付いてました。
ND5527が前に付く折り返しの列車を待って撮影しました。
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荷降ろしを終え石灰石専用線から出てきたところ。

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名古屋貨物ターミナル入換が中心の旧・十勝鉄道や国鉄DD13の非総括制御車は今でもこの塗装ですが名古屋臨海オリジナルの1つ目機でこの色を見るのは初めて。
なお臨海鉄道開業当時は赤の部分が国鉄交直電機のローズピンクに近いような色合いだったそうで。

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私鉄貨物 | 23:47:51 | Trackback(0) | Comments(2)
三岐鉄道のチキとED5081重連
新潟保存車シリーズが続いてましたがちょいと中断して地元に近い話題。
最近しばらく行ってなかった三岐鉄道へ~。
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東藤原に着いてみると安治川口からお客さんのようです。
三岐には7月頃に来ることが多いチキですがまさかお盆中に来てたとは。
東藤原←チキ6306+チキ6168→富田の編成でした。

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ホームには東武鉄道から来たED5081+ED5082が止まってます。
東武貨物廃止から10年以上経ってようやく8月から重連の姿で復活したようです。
さて沿線どこで撮るか・・・車を置いて取り敢えず電車で大安まで行くことに。

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宇賀川の鉄橋は何度も撮ってるのでその富田寄りにできた踏切から。
東武時代を髣髴とさせる姿ですが塗装の茶色が三岐の方が明るい色なのでこちらのがより撮影し易いかな?

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東藤原に戻ると白ホキ2両の後ろにチキをくっつける入換が行われてました。

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短い編成なので東藤原からほど近い多志田谷の築堤ならサイド狙いで撮れるだろうと移動。
結果は・・・架線柱は上手い具合にクリアしたものの手前の道路の電柱がギリギリ掛かっちゃいました~(- -)



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私鉄貨物 | 00:26:42 | Trackback(0) | Comments(2)
重連健在
木曽福島の記事が途中ですがいきなり臨海が割り込みます~♪

名古屋臨海鉄道南港線の三洋化成工業側線分岐。
以前は化成品タキの突放入換が見られましたがコンテナ車使用に変わってからは入換を撮ってませんね。
この側線は一応東港駅の構内扱いなんですが実際には東港駅からは結構遠く、歩きでは川や運河の迂回も必要です。
名鉄常滑線の名和か聚楽園から徒歩で15~20分てところでしょうか。

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名古屋高速ができて周囲の雰囲気は変わったもののこの側線の雰囲気はあまり変わらない。
不意に南港線の上り貨物(コンテナ)が通過していき撮影しそびれましたが牽引機はND601。
笠寺折り返しで石灰石貨物もあの機関車が牽いていて来るのだろうと思いつつ土留木(とどめき)川の鉄橋へ。

12:20頃・・・遥か遠く天白川の向こうにぼうっとライトが1つ見え始めました。
ガーダーに隠れて見えないもののすぐにライトが2つに見えるだろうと思っていたら

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!!!在来機の重連だと??

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ND601登場以後はほとんど見られなくなった重連がやって来ました。

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以前はいつもこの編成だったのですが、見られなくなるとやはり有難味が増します。
編成は前からND552 10+ND552 8でした。

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干潮で干潟になっている土留木川を渡っていきます。

因みにここのガーダーには「鐵道省」の銘板が付いています。
南港線のこの区間は1968(昭和43)年に最初から臨海鉄道として開業しているので鐵道省があった時代ではありません。この桁は先代の東海道本線矢作川橋梁の中古品だそうです。

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私鉄貨物 | 22:46:10 | Trackback(0) | Comments(4)
吉良吉田駅旧貨物側線
前回は旧・西尾鉄道側の貨物扱い跡でしたので、今回は旧・三河鉄道の貨物扱い跡です。

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現在の吉良吉田駅。旧・西尾鉄道の吉良吉田駅と旧・三河鉄道の三河吉田駅を強引に接続させたため、西尾線ホームは急カーブ上に存在してます。
手前が蒲郡線(旧・三河鉄道)蒲郡方で右に分岐するのが西尾線、奥に直進すると2004(平成16)年4月1日廃止の三河線碧南方面につながってました。
左に分かれていく線路は現在蒲郡線電車の留置線として使われているようですが、終戦直後頃までは貨物側線だった様子。

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中央が蒲郡線で両脇に線路。右が旧貨物ホームへ続く線路。

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小さな貨物ホームが残ってますが近付けません(^ ^;)

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蒲郡側から見るとこんな感じ。
「吉良の塩田 幡豆郡の製塩業に関する調査報告(愛知県幡豆郡吉良町教育委員会)」によればちょっと前までホーム上に建屋があったそうですがこれは貨物ホームとして使われなくなってからもので、1953(昭和28)年の台風13号以後に建てられたものとか・・・。

すぐ近くに専売公社の塩田がありましたが、燃料の石炭や製品の食塩は船舶輸送だったとか。
戦時中の燃料事情が悪い頃は東濃の可児・御嵩方面から亜炭や薪を鉄道輸送していたようです。

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戦後は主に西側の側線に貨物が発着していたとのこと。
吉良吉田駅蒲郡線ホーム(以前の三河線ホーム)向かいに使っていないホームがありますがこのホームのことでしょうか。

吉良で生産された塩は鉄道輸送はしていなかったとのことですが、1971(昭和46)年に塩田が廃止されてからは瀬戸内方面から刈谷経由で専売公社向けの塩の到着があったようです。
今では塩田だけでなく専売公社そのものも無くなり、跡地は住宅地化しています。

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私鉄貨物 | 23:57:00 | Trackback(0) | Comments(0)
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