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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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梅小路短絡線跡の歩道橋
嵯峨野線(山陰本線)梅小路京都西駅開業に伴い寸断されることになり廃止された京都貨物(梅小路)~丹波口短絡線(東海道本線支線)。
昔から帰省の時見てましたが列車が走っているところは一度も見ることがありませんでした。
1996(平成8)年まで二条行の石油貨物があったようですが覚えがないなあ(爆)
廃線後は七条通を跨ぐガーダー橋が歩道橋として利用され高架の一部はイベントスペースに変わりました。

P1120314.jpg
梅小路京都西駅前。短絡線は電化設備が撤去されていますが非電化現役時代の姿そのままで廃線には見えません。
左は京都鉄道博物館。

P1120319.jpg
高架へ上がると京都貨物方はイベントスペースになっています。
歩道橋側は軌道を撤去してますがイベントスペース側はスラブ軌道を利用しているためため高くなっています。
カントの付いたスラブ軌道の構造がよくわかる断面ですね。

P1120327.jpg
保線退避設備もそのまま。

P1120336.jpg
半径300の曲線標も残っています。
歩道橋は京都市建設局の設計のようですが実際に設計した方はかなりの鉄道好きなのでしょうか?
随所に鉄道由来とわかるアイテムを残してくれています。

P1120330.jpg
七条通を跨ぐガーダー橋。
かつては京都市電七条線が地上の山陰本線、短絡線をアンダーパスする地下道が存在しましたが市電専用で自動車は踏切を渡っていたところ。
山陰本線と短絡線の高架化は1976(昭和51)年ですがその翌1977(昭和52)年10月1日に七条線は廃止されています。
丹波口駅設備の内京都市場への専用線を地上で残す必要があったため1984(昭和59)年2月1日ダイヤ改正まで丹波口駅地上の貨物設備を別個の京都市場駅として残し短絡線は地上、高架の2本が並行していました。
さらに右の方には梅小路(貨)分岐の中央倉庫専用線が入っていた痕跡が見えています。

P1120328.jpg
山陰本線との分岐部。
ここで短絡線が梅小路京都西駅のホームと支障するため線路としては廃止になったようです。

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廃線跡(一般鉄道) | 18:25:09 | Trackback(0) | Comments(2)
旧・東濃鉄道駄知線駄知駅の現在~その2~
東濃鉄道駄知線駄知駅から駄知駅周辺~。

P1040988.jpg
旧駅舎位置より土岐市方面を見た様子。
車庫と旅客ホームの間には2線が入っていたので位置的に右寄りの白線辺りが旅客ホームの跡のようです。
左の軽トラ等が止まってる辺りが貨物側線で左のフェンス辺りが貨物ホームでしょう。

P1040987.jpg
駅舎跡のバスの営業所前には駄知鉄道記念碑が建っています。
1944(昭和19)年3月1日に戦時統制のため駄知鉄道や笠原鉄道、バス会社など6社が合併を強制されてできたのが東濃鉄道でした。

P1040989.jpg
駄知駅前には良い雰囲気の酒蔵とアクセントを添えるように配された丸ポストが絶妙なコンビネーションを見せています。
隣のビルがミスマッチに思われそうですがこちらはこちらでタイル張りの渋いもの。
年代物らしい中々良い味を出しています。

P1040981.jpg
駅前から見た駄知駅構内。

P1040979.jpg
駅前から最初の四つ辻にもこれまたいい雰囲気の建物。
建物入口に書かれた文字によると旧・駄知商業協同組合の事務所のようです。

P1040980.jpg
駅側の面の入口上にはダイヤ型のレリーフもあってなかなか手が込んでいます。



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廃線跡(一般鉄道) | 22:08:43 | Trackback(0) | Comments(0)
旧・東濃鉄道駄知線駄知駅の現在~その1~
バス車庫になった駄知線駄知駅構内を見て見ます。

P1040977.jpg
駄知駅構内へ入って行く東濃鉄道の回送バス。

P1040965.jpg
盆地の中央の東駄知へと下って行く本線上から見た電車庫。

P1040963.jpg
相変わらず架線を吊っていた碍子はそのまま。
駄知線は1950(昭和25)年電化で、当時の中央西線沿いでは名鉄瀬戸線も北恵那鉄道も直流600Vだったのに対し直流1500Vを採用しています。

P1040984.jpg
車庫の奥側から見た様子。
中には埋められたピット線のレールがそのまま残ってるそうですが部外者が現役の車庫構内をうろつくわけには行かないので遠くから見ただけ。
車庫の建屋から左線路2本を隔て行き止まり式の旅客ホームがあり、さらにその左に貨物側線と貨物ホームがありました。

P1040985.jpg
建屋に残る鉄道時代の緑十字と安全第一の文字。

P1040967.jpg
バス車庫らしくバス停標識がずらり。

P1040966.jpg
林鉄ファンに直球ど真ん中の「土場」というバス停も(笑)


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廃線跡(一般鉄道) | 21:56:18 | Trackback(0) | Comments(2)
静岡鉄道秋葉線森町駅跡
静岡鉄道秋葉線通称「石松電車」の終点。
秋葉馬車鉄道が東海道本線袋井駅前の新袋井~森町12.1kmで開通したのが1902(明治35)年12月28日。
当時は762mmゲージの馬鉄でした。
静岡清水地区で電気軌道を運営していた駿遠電気と1923(大正12)年に合併して静岡電気鉄道となり1925(大正14)年には1067mmへの改軌、直流600V電化を成し遂げています。
専用軌道と未舗装道路の併用軌道が入り混じり、同じ袋井から出てた軽便駿遠線に勝るとも劣らないローカルムードの強い電車で駿遠線より一足早く1962(昭和37)年9月19日に廃止されました。
名前が秋葉神社に由来してますが当の神社は山越えをした春野町にあります。
この神社があったのは気多(気田)森林鉄道の起点付近に当たりますがそこまで線路を敷設するつもりは無かったのか終始森町止まりでした。

森町駅周辺図
morimachi-map.png
構内は2面3線で川側のホームは貨物ホームだった様子。

P1020578.jpg
①森町駅直前の太田川を渡っていた橋梁跡。
対岸(新袋井側)白いサギの後ろに見える葉に覆われたコンクリート壁が石松電車の橋台です。
電車時代末期の写真を見ると鉄橋ではなくコンクリート桁橋になっていました。スパンの短いコンクリート桁をいくつも連ねた姿は独特でした。
かつては木橋だったのをさすがに今更木橋は・・・と架け替えたのでしょうか。

P1020575.jpg
②太田川橋梁を渡り静岡県道58号線を越え北へ90度方向を変えるともう森町駅構内。
右の車庫裏付近には転車台もあったそうです。
車輪の片減り防止のためたまに電車を方転させていたのでしょうか。
県道はかつての信州街道で秋葉神社参詣客はここから山越えをして秋葉神社へ向かうわけですが現代秋葉神社へ行こうと思えば浜松から西鹿島、天竜二俣を経て国道152号線で天竜川、支流の気田川をを遡って行くか、国道362号線で二俣川を遡り峠越えで行くかであり森町経由の方がマイナーな道になってしまいます。

P1020572_20180805212744063.jpg
③森町の駅前から構内を見た様子。
駅跡には今でも静岡鉄道系列の秋葉バスサービスの本社、車庫、バスターミナルが入っています。
かつては電車の駅舎がそのまま流用されていたそうですが今は建て替わってます。

P1020573_201808052127469a1.jpg
④構内拡大~
後ろの三島神社の丘の雰囲気は電車時代と変化してない様子。
右列のバスが本線跡で後ろのバス辺りで左にカーブして太田川橋梁へ続いていたのでしょう。

秋葉線電車イラスト
かつては小さな何とも愛らしい電車が走っていました。
akiba-mcs1.gif
モハ7+ハ3
モハ7は1926(大正15)年日車製の木造単車ですが単台車のブリル21Eを自社でボギー台車に改造、ポール→Yゲル→Yゲルを接合したパンタグラフ設置と荒業を駆使しています。
静鉄技術陣は電車を自作してしまう程なのでこれくらいは朝飯前だったのでしょうか。
ハ3も元は下のハ2と同型のモニタルーフ、オープンデッキだったのが大改造されてシングルルーフ、ドア付きの新車体に変わっています。
モハ7は車体だけが保管されているらしく、かつて東山動植物園で保存されていた名古屋市電貨2号のブリル21Eと組み合わせるべく台車を譲り受けたと聞きましたが今はどうなってるのでしょうね?

akiba-mcs2.gif
モハ1+ハ2
モハ1は1925(大正14)年鶴見木工所製の静岡、清水市内線など都市部で使われていた電車。
1942(昭和17)年8月の秋葉線転属に当たり東横車輛でで車体改造を受けてるそうです。
この車両は集電装置がYゲル化(末期は屋根もダブルルーフからシングルに改造された様子)されてますが最後まで単車のままでした。
ハ2も静岡市内線から転属したようで1920(大正9)年天野工場製。
古典的なモニタルーフでかつてはベスチビュールもなく寧ろ馬車鉄道の客車っぽい雰囲気でした。

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廃線跡(一般鉄道) | 23:08:34 | Trackback(0) | Comments(0)
夕暮れの静岡鉄道駿遠線五十岡駅
静岡鉄道駿遠線の駅跡で寄って見たかった五十岡(いごおか)駅跡。
1914(大正3)年1月12日に開通していた中遠鉄道新袋井~新横須賀10.3kmの新岡崎~浅名の途中駅として新設され1915(大正4)年5月11日に開業。
元々ホーム1面1線の停留所でした。

P1000261.jpg
廃線跡のサイクリングロードに面した部分は元々のプラットホームのコンクリート擁壁が残存。

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新袋井方には弁財天川橋梁がそのままサイクリングロードに利用されて残っています。
手前の水面に見える4つのチョボは道路橋旧橋の橋脚跡でしょうか?

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ホームなのでやはり上でちょっと来ない列車を待ってみることに。
新三俣・藤枝方を望みます。

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再現駅銘板の裏には駿遠線と五十岡駅の詳細が書かれています。
最近設置されるこのような説明板は本当に質が高いなと思います。

P1000267.jpg
黄昏時で電灯が灯りなかなか良い雰囲気。
現役時代は周囲は田畑しかなかったようですが現在は住宅も増え、ホーム裏手には交通量の多い静岡県道41号線が通っています。

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廃線跡(一般鉄道) | 23:54:05 | Trackback(0) | Comments(0)
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