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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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初代丹生川郵便局
来週11月3日(日)は貨物鉄道博物館開館日なので貨鉄博近所にある見どころ発掘~。

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貨物鉄道博物館前の道を進んで三岐鉄道丹生川駅前を通り過ぎ200mほどでしょうか。
旧・丹生川村役場そばのT字路にあります。

P1100813.jpg
旧・丹生川村中心のT字路(ここは三つ辻と言いたい)にチョコンと佇む旧・丹生川郵便局の局舎。
丹生川郵便局は1935(昭和10)年6月開設とのことでこの局舎もその時に建てられたものと思われます。
模型化したらコンパクトで小さなローカル線レイアウトにもいい感じに収まりそうな好ましい建物。

P1100826.jpg
やたらと低い正面玄関の硝子戸には〒マークがあしらわれています。
左のドアには「公衆電話」の文字がある電話ボックスも。
中を見ると電話機は残っていないものの壁掛け式のデルビル式電話機が掛っていた跡がくっきり。

P1000972.jpg
デルビル式電話機の電話ボックス例
電話を掛ける時は右のハンドルを回すと交換手につながり、交換手に相手の番号を伝えてつないでもらう代物。
1896(明治29)年から昭和30年代まで70年近く製造、昭和40年代まで使われたという偉大なるロングセラー商品です。
写真は日本大正村(岐阜県恵那市明智町)の通信資料館の復元電話ボックス

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1950(昭和25)年3月31日時点で丹生川村(現在のいなべ市、三岐鉄道丹生川駅周辺)の人口2,370人に対し電話の引かれた戸数はたった3戸・・・電話があるのは村役場、郵便局、駅だけだったのでしょうか?
当時の丹生川村の人が電話を掛ける際はこの郵便局の電話ボックスを利用していたのでしょうね。
スマホ時代で公衆電話自体が激減してしまっていますがここの電話ボックスは局舎の外に出て健在。
右隣は2代目丹生川郵便局、こちらも現在は移転して空き家に。
3代目丹生川郵便局は少し離れた2車線道路沿い、車でアクセスし易い場所に移したようです。

P1100814.jpg
この局舎今は塗装が落ちて枯れた雰囲気ですが側面を見ると明るい水色のペイントが残っています。
現役時は結構ポップな塗装だったようです。
整備再現できたらまちかど博物館にピッタリな建物でしょうね。

P1100757.jpg
庭箱鉄道さんの軽便鉄道博物館(阿下喜)~貨物鉄道博物館(丹生川)シャトルバスもこの局舎横を通ります。
ミニバスと比べてもこのサイズ感~。

参考文献:
大安町史(大安町教育委員会/編)

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未分類 | 00:02:36 | Trackback(0) | Comments(2)
No.118公開日情報(2019年10月13日)
No.118公開日情報
10月13日(日)に岐阜県下呂市小坂町のひめしゃがの湯で機関車、運材貨車の整備作業を行います。

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当日は日頃カバーを掛けているNo.118の覆いを取って展示、点検やオイルを回すためにエンジンを稼動、錆びて固着した運材貨車の復旧作業などを行います。
作業は10:00頃~15:00頃(12:00~13:00頃に昼休み)に実施予定です。
※悪天候の場合はNo.118のカバーを取って公開することができませんので悪しからず(_ _)

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未分類 | 21:59:56 | Trackback(0) | Comments(0)
軽便鉄道模型祭
昨日は軽便鉄道模型祭にお越しいただいた皆様ありがとうございました。

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お陰様で「小坂森林鉄道 上巻 ~飛騨最大の森の鉄路~」は66冊販売と好成績でスタートすることができました。
小坂森林鉄道研究会として初参加、初出版で至らないところ、気付いたところもあり来年の下巻発売につなげたいと思います。

「小坂」というとやはり秋田の「こさか」・・・小坂精練、小坂鉄道が軽便、保存鉄道としてあまりに有名なため我々「おさか」はよく取り違えられてしまうことが多いですね~。
これを機会に飛騨の小坂も知って頂けると嬉しいです。
また来年の「小坂森林鉄道 下巻」の発売をお楽しみに!
上巻では車両を紹介したので下巻では個性的な各路線ごとの歴史や線路設備をご紹介する予定です。

会場では上部軌道跡に残っていた木橋群をはたちゅうさんが記録した美しい写真の展示や祭後半に放映していた濁河線の記録映像が大変好評で販売の要望も頂きました。
軽便鉄道模型祭ですからモデラーにとって貴重な資料に違いないです。これは商品化に向け動きたいと思います。

上巻を買いそびれた方もAmazon↓以下リンク先で販売しておりますのでご利用ください。
小坂森林鉄道 上巻 ~飛騨最大の森の鉄路~

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

未分類 | 21:47:25 | Trackback(0) | Comments(0)
中川運河水上バス ららぽーと名古屋アクルス支線
以前乗った中川運河水上バスですがららぽーと名古屋みなとアクルスにも船着き場が出来て小型船が乗り入れています。
かつては堀川までつながっていたものの現在は行き止まりになった支線運河の終点にららぽーとがあります。

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以前は流れが無く運河の水が液体と言うよりはドロリとしたゲル状になって異臭を放ち名古屋港線撮影時は異臭に顔をしかめながらDE10を待っていました。

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しかし今では船が入ってかき混ぜられて入れ替わるようになったのかほぼ無臭。水の色はオリーブ色ですが以前のようなゲル状ではなく正常な液体になっていました。

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名古屋港線と旧東邦瓦斯港明工場専用線のガーダーをくぐる水上バス。

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そのしばらく後に名古屋港線稲沢行きのDE10 1165が通過。

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ららぽーとで買い物をしてから笹島まで乗船することにします。

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前面貫通式で運転席の前から乗船・・・左側運転台なこともあって何だかデッキ付き旧型電気機関車のよう。
運航時の前後進は左のワンハンドルマスコンのような操縦桿で行っていました。

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未分類 | 00:02:22 | Trackback(0) | Comments(0)
檔鳥坂隧道
1912(明治45)年の土倉鉱山採掘から杉本隧道(丹生隧道)が1918(大正7)開通するまでは現国道303号線のルートで木ノ本駅へ鉱石を運んでいましたが当時は高時川沿いに大きく南へ迂回するルートで杉本隧道(丹生隧道)開通後は中ノ郷駅へのルートが使われました。

tsuchikura-map1png.png
それでもこの辺の中心地である木之本はやはり交通の要衝、土倉鉱山~木之本の索道が開通する2年前の1932(昭和7)年に杉本隧道(丹生隧道)開通前の木ノ本~杉野~土倉鉱山の迂回区間を短絡する滋賀県道県道揖斐高月線(現在は国道303号線に昇格)にトンネルができました。

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揖斐、土倉鉱山側から木之本へ向かい市街地目前の峠を越える個所。
国道303号線の新檔鳥坂トンネルより上に続く旧道に入りました。
現トンネルの銘板には1996(平成8)年3月とあったのでそれまではこちらの道がメインだったようです。
左下に何やら妙なものが(・ ・;)

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台風21号にやられたのか大木が根こそぎ倒れています。
湿地帯で根元が弱かったのか同じような木が何本かありました。

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現れた檔鳥坂(あっとりざか)隧道東口。
土倉鉱山~木之本索道はこの右上の方を通っていたものと思われます。

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檔鳥坂隧道の銘板。
周りに赤レンガの賤ヶ岳、横山隧道や強烈な個性を放つ杉本隧道(丹生隧道)、旧北陸本線柳ケ瀬隧道など濃ゆい面々に囲まれてしまい地味な印象は拭えませんがこれでも現役国道トンネルです。

P1040140.jpg
工事予告の看板。
こちらでは名前が「アットリ隧道」になってます。
この名前が強烈で何だか後で調べる気になってしまいました(^ ^;)

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西口(木之本側)。
すぐに向こうが見えるごく短いトンネルです。


・土倉鉱山方面へのバス路線
全国乗合自動車総覧(鉄道省/編 鉄道公論社出版部)を見ると1927(昭和2)年11月8日には藤田 市蔵氏経営のバス路線が木之本駅前~杉野村音羽10.0kmで開業しており5人乗りのフォードA、A.D型バスが走り始めています。
戦後1948(昭和23)年4月10日には運輸省の省営バス(後の国鉄バス→JRバス)が杉野地区で区間輸送開始、木ノ本~金居原には省営トラックによる貨物輸送も始まっています。
翌1949(昭和24)年3月15日より省営バス琵琶湖線(江若鉄道近江今津~木ノ本)の杉野支線が一般運輸営業開始。
金居原までの旅客営業区間延長がいつかは不明です。

20010914.jpg
今庄付近に置いてあった国鉄→JRバスの廃車体。
この個体が実際に木ノ本で使われていたものかはわかりませんが近所と言うことで~。
2001(平成13)年9月14日撮影

湖西線開通前の近江今津~木ノ本、北陸本線旧線→柳ケ瀬線引継ぎの木ノ本~敦賀代行バスなど鉄道色の濃いバス路線が多い木ノ本でしたが金居原へのバスもこれらの路線の一部として運行していたのは土倉の鉱山町が控えていた事もあったのでしょうか。
現在周辺のJRバスは近江今津~小浜の若江線以外は全て撤退し。
近江鉄道系の湖国バスや余呉バスが運行を継続、土倉鉱山最寄りの金居原までバスで行くことも可能です。

参考文献:
近江伊香郡志(富田八右衛門 編)
全国乗合自動車総覧(鉄道省/編 鉄道公論社出版部1934(昭和9)年刊)(国立国会図書館デジタルコレクション)1080コマ目


未分類 | 23:52:00 | Trackback(0) | Comments(0)
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