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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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国鉄砂利線(東海道本線大垣駅→樽見線東大垣駅)~その1~
国鉄樽見線引継ぎの樽見鉄道では大垣~本巣のセメント輸送列車が2006(平成18)年3月28日まで運転されており、本巣の住友大阪セメント岐阜工場専用線に一時は毎週のように撮影に通ってました。
さて樽見線ではそれ以外にも東大垣駅からの川砂利輸送が行われていた時代がありました。
樽見線は戦前から建設が進められていましたが戦時中に工事中断、戦後1956(昭和31)年3月20日に大垣~谷汲口が開業しています。
この砂利採取線は樽見線開業前から樽見線の路盤を利用して大垣駅分岐の構外側線として存在していたようです。
この砂利線末端には揖斐川に面して国鉄名古屋鉄道管理局直営の砂利採取場があり線路用のバラストを採取、輸送していたようです。
因みに同局内で直営の採取場はここだけだったとのことで昭和30年代に閉鎖されました。

専用線一覧を見るとこの国鉄砂利線は個人名義の専用線としても利用されたようです。
<1953(昭和28)年版>
大垣駅分岐(樽見線未開業のため樽見線大垣~東大垣も専用線として利用)
契約相手名:T氏
作業キロ:4.0km
作業方法:国鉄機

<1957(昭和32)年版>
東大垣駅分岐
契約相手名:T氏
作業キロ:0.5km
作業方法:国鉄機

DSC_0469_20170320221355eb3.jpg
1956(昭和31)年3月20日に開業した東大垣駅。駅舎はごく簡素なものです。

DSC_0467_20170320221354d48.jpg
島式ホーム1面2線ですがその駅舎側(右側)に1本分の側線跡があります。
平行する東海道本線上を上り回送列車が通過中。
樽見線開業前から大垣~東大垣の区間(営業キロ2.7km)は大垣駅構外側線、専用線として利用されていた様子。
樽見線時代と同じく大垣機関区のC11が入線していたのでしょうね。

DSC_0464_2017032022135279f.jpg
↑で撤去されてた側線は樽見側が残存。
たまに保線車両が留置されているのを見かけます。

DSC_0510_201703202213579a7.jpg
側線は一旦樽見寄りで樽見線本線に合流してから左に分岐していた様子ですが雑草雑木が茂って分岐部はあまり定かでありません。
2番線へハイモ295-315大垣行き普通が入線。

DSC_0475_2017032022135622a.jpg
本線から砂利線が分岐した先にあるガード。復線分の幅があります。
この画像は南側から撮影したもので手前から樽見線本線、砂利線の順で並んでいました。

参考文献:
岐阜工事局五十年史(日本国有鉄道岐阜工事局/編)

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専用線跡 | 23:27:46 | Trackback(0) | Comments(0)
兼山水力専用鉄道(名鉄八百津線兼山駅)~その3~
兼山水力専用鉄道の最終回です。
謎が多いのでまた新しいことがわかったら追記します。

img003.jpg
旧・副本線上から見た旅客ホーム。
昭和40年代初頭には本線以外は撤去されており末期と同じ姿になってた様子。
よく見るとキハ30の後ろに・・・

img003-1.jpg
一般貨物用貨物ホームの石積みが見えてます。
ホームは旅客、貨物とも名鉄線内でよく見られる(特に西部線側に多い)玉石練り積みでした。

DSC_0223_20170318220611964.jpg
かつての東美鉄道→名鉄、専用鉄道分界点付近。
中央に見える防災コンテナの後ろ、クリーム色で瓦屋根の魚屋町公民館が日本発送電貨物ホーム(第一停車場?)跡と見られます。

DSC_0240_20170318221442b76.jpg
左は八百津線の廃線敷。
専用鉄道が右に分かれて行ってたはずですが既に何の痕跡も見当たらず。
分岐部の盛り土さえも掘り返されたようです。
この先兼山ダムまでの区間も区画にさえ面影が見られません。
専用鉄道廃止前は田園が拡がっていたところに住宅地ができて区画整理の結果消滅したようですね。

DSC_0238_2017031822143954d.jpg
専用鉄道分岐より100mほど八百津側。本線の跡が砂利敷の駐車場になっているところ。
隣の工場との間に名鉄の用地境界標と混じって・・・。

DSC_0239_20170318221440bb9.jpg
こんな境界標が。
このマークは兼山ダム、水力発電所を建設した。日本発送電の社章です。
専用鉄道の線路敷からは外れるはずですが倉庫や資材置き場がここまで拡がっていたのでしょうか。
現在の発電所敷地境界で見られるのは関西電力の社章ばかりで日本発送電の社章を見たのは初めてです。
見落としてるだけなのか、貴重な発見なのか?

日本発送電は1951(昭和26)年5月に9つの地域区分で分割解体され、業務や施設は9電力会社に引き継がれました。
兼山発電所の区域への給電は中部電力の管轄ですが、木曽川のダム、発電所は殆どが関西電力に引き継がれて今日に至っています。

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専用線跡 | 19:36:20 | Trackback(0) | Comments(0)
兼山水力専用鉄道(名鉄八百津線兼山駅)~その2~
2001(平成13)年9月30日の運行を最後に廃止された名鉄八百津線。
兼山駅自体も跡を残すのみです。

DSC_0218.jpg
兼山駅を旧本線上明智側から見た様子。
末期は棒線1本の単純な配線になってましたが↓の配線図のように旅客用島式ホーム1、貨物ホーム1の2面3線になっていました。
左の出っ張りは専用鉄道建設時に増設されたと思われる引上げ線(東美鉄道の構内側線)跡。右に副本線(?)が分岐してました。

img002.jpg
八百津線現役時に駅旅客ホームから明智方を見た様子。
架線柱が本線の左右に拡がり3線分の広いものが使われています。
右が引上げ線、左が副本線跡。
廃止間近ですが列車の運行本数は30分に1本。意外と頻繁に運転されてました。
2001(平成13)年9月26日撮影

IMG_20161119_113414.jpg
←伏見口(現・明智)   八百津→
前回にも出した兼山停車場平面図ですがおさらい~。
島式の旅客ホームより本線、貨物側線を挟んで北側にある一般用貨物ホームの方が大きい気が。
貨物ホームの左にある小さな長方形は「本屋」・・・駅舎です。

img012.jpg
最後まで残っていた兼山駅の小さな木造駅舎。
同駅での貨物取扱いは1961(昭和36)年度に廃止。
無人化は兼山町史によると1970(昭和45)年10月、Wikipediaでは1969(昭和44)年11月6日とあります。
2001(平成13)年9月26日撮影

DSC_0222_201703182206100e0.jpg
駅舎、旅客ホーム、貨物ホームは今では跡形もなく。

DSC_0221_2017031822060971c.jpg
駐輪場と廃止時真新しかったトイレ、駅前倉庫が残ります。

参考文献:
鉄道省文書・日本発送電・昭和十五年~昭和二十四年(日本発送電、鉄道省)
名古屋鉄道百年史(名古屋鉄道広報宣伝部/編)
兼山町史(兼山町史編纂委員会)
Wikipedia 兼山駅

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専用線跡 | 00:02:01 | Trackback(0) | Comments(0)
兼山水力専用鉄道(名鉄八百津線兼山駅)~その1~
兼山ダム、兼山発電所は木曽川本流に戦時中建設されたダム発電所です。
竣工は1943(昭和18)年と戦局が悪化し資材も手に入れ難く工事が難航しましたが何とか完成に漕ぎ着けました。
このダム発電所は大同電力が建設を計画し、1938(昭和13)年に名鉄八百津線の前身東美鉄道の兼山駅から分岐する専用鉄道の敷設認可を申請、1939(昭和14)年2月26日に専用鉄道敷設が認可されています。
その直後戦時統制により電力事業は国家管理下に置かれ1939(昭和14)年4月に国策会社日本発送電が発足。
兼山ダム建設事業も日本発送電に移管されました。

DSC_0229_20170318221438b08.jpg
専用鉄道末端と思われる付近から見た兼山ダム。

ルートは判明していますが現地に痕跡は殆ど残っていません。
大体以下のようなルートだったようです。
黒線が八百津線、水色線が専用鉄道です。


<兼山水力専用鉄道>
延長:555m
軌間:1067mm
動力:ガソリン及び木炭ガス
工事費:142,450円(社債による)
なお免許状は日本発送電名古屋支店で保管していたところ空襲で焼失したとのこと。

以下2点は国立公文書館所蔵の日本発送電の専用鉄道許認可書類から。
IMG_20161119_113414.jpg
兼山停車場平面図。左が伏見口(現在の明智)、右が八百津方面です。
八百津方で分岐する専用鉄道と日本発送電の上屋付き貨物ホーム(第一停車場?)があります。

IMG_20161119_113214.jpg
貨物ホームの先で線路が3本に分かれてヤードになっていたようです。(第二停車場?)

●停車場一覧
第一停車場:50m
第二停車場:245m
第三停車場:385m20
第四停車場:482m50
短距離の割に停車場が第一~第四停車場と4つも置かれてますがこれは荷卸し場所と言う程度で駅と言うほどの意味はないようです。

●ガソリン機関車
1940(昭和15)年5月4日に加藤製作所製のガソリン機関車1台が設計認可されています。
鋳物台枠チェーン駆動の加藤くんだったようで、1938(昭和13)年まで大同電力が寝覚水力発電所建設のため中央本線上松駅大同電力西側線(王滝・小川森林鉄道の上松西貯木場があった場所?)で使っていたものでした。
自重6.4t
全長:3,912mm(車台部分のみで自動連結器の長さは含んでない)
全幅:1,780mm
全高:2,200mm
軸距:1,200mm
エンジン:コンチネンタルE-603水冷式ガソリンエンジン
出力:61馬力

この機関車は戦後1950(昭和25)年に八百津の丸山発電所建設のため敷設工事中の丸山水力専用鉄道へ転用するつもりだったのが兼山水力専用鉄道がまだ業務が忙しく廃止できないため転用できないため代わりにバッテリー機関車を導入したい旨を名古屋陸運局に届けていることから戦後もしばらくは専用鉄道が残っていたことが伺えます。
実際には丸山水力発電所にバッテリー機関車が入ったことはないようで加藤製作所製のディーゼル機関車が入るまでガソリン機関車が使われていました。恐らく都合をつけて兼山水力の機関車を転用したものと思われます。
加藤製作所製6.5t機というとこんなイメージですが見た目は大井川鉄道DB1~7のディーゼル化改造前GS1~7の姿に似たキャブの低い機関車でした。
連結器は元はピンリンク連結器で自動連結器を後付けしたようです。

参考文献:
鉄道省文書・日本発送電・昭和十五年~昭和二十四年(日本発送電、鉄道省)
可茂地域にある木曽川水力の歴史(和田 義昭/編 八百津町教育委員会発電所資料収集展示研究会)

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専用線跡 | 00:00:00 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川鉄道SLフェスタ2017~その3~
川根両国から千頭を越えてスタート地点の崎平まで歩いて戻ってきました。
DSC_1128.jpg
丸ズーム21000系を撮るため午前中に目を付けていた崎平駅千頭方の踏切へ。
ですがまずC11 190+トーマス客車で練習。

DSC_1136.jpg
本命の21000系。モハ21003をどアップで。
引きつけ過ぎてパンタ上の余裕がほとんど無い・・・(爆)

DSC_1131.jpg
その前に気付いたこと。
左に見える速度制限標識が八角形の旧型ですね。

DSC_0425_20170317232346450.jpg
かつては国鉄もこれだったようですが今でも一部私鉄で見られます。写真は北陸鉄道浅野川線北間駅付近のもの。
ほかでもえちぜん鉄道や山陽電鉄、大手私鉄では阪急、阪神電鉄でも見た覚えがあります。
因みに阪急、阪神は同じ八角形でもサイズが小さいのであまり目立ちません。

DSC_1140.jpg
最後は千頭からE102牽引の客車急行でお帰り~。
特急はつかりスタイルのスハフ43に乗ろうかと思ったら既に席が塞がってました~(- -)~
帰りはED501いぶきがおらず重連ではありません。
ED501は一足先に蒸機列車の後補機に付いて新金谷へお戻りでした。

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東海私鉄 | 23:41:50 | Trackback(0) | Comments(0)
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