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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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君津製鉄所の機関車~日立80t機~
日本製鉄君津製鉄所の機関車60t機に引き続き日立80t機。
80t機は銑鉄を運ぶトーピードカーを牽く構内鉄道の花形的存在(?)。
1970年代製造のものは60t機と同じくキャブ付きですが1990年代以降製造の新しいものはキャブ無しのようです。
60tと80tの間に70t機D.7013号(2005(平成17)年日本車輛製)もいるようですが今まで見たことが無いのでどちらの用途で使われているかはわかりません。

P1090346.jpg
今回撮影できたのはD.8005(左)とD.8002(右)の2台。
どちらも日立製作所笠戸工場製でD.8005は1975(昭和50)年、D.8002は1971(昭和46)年製造。
見た目に差異はない・・・と思いきやD.8002の方が白帯の位置が高いですね。

P1090363.jpg
D.8005が湯気(・・・と言って良いのだろうか?^ ^;)の立ったトーピードカー2両を牽き出し。
空車で300t、満載すると600tと説明があったので2両牽引だと1,200tあるのでしょうか?
1200tと言うと石油満載のタキ1000×19両編成分くらいでしょうか。
満載とは限らないので実際の重量はわかりませんが。
これも低速とは言え貫通ブレーキ無しで止めるのだから凄い(・ ・;)

P1090366.jpg
こちらも60t機と同じような構成ですが60t機よりがっしりとした台車を履いているので堂たる印象。
キャブ下にはエアタンクを4丁ぶら下げている様子。
台車の横前後端寄りには砂箱も見えます。重量列車牽き出し時には使いそうですがテレコンで砂撒き操作もできるのでしょうか?

P1090373.jpg
D.8005に続いてD.8002も動き始めました。
トーピードカーと対比。

P1090459.jpg
銑鉄を降ろして第4高炉前に戻ってきたD.8005とトーピードカーT47+T50。

P1090465.jpg
一仕事終えてお休みのようです。
日立80t機を前から見るとキャブ屋根が扁平で専用線の日立スイッチャーとは異なった印象。
むしろ同時期製造の日本車輛製35~50t機辺りに近いような感じがします。
セミセンターキャブかセンターキャブかの違いはありますが。
↓日車35t機の例 八戸通運DD351
DSC_0440.jpg

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スイッチャー | 10:47:13 | Trackback(0) | Comments(0)
君津製鉄所の機関車~日立60t機~
リンク先の社長さんよりお誘いいただいてた第24回君津市民ふれあい祭りの日本製鉄(株)工場見学に行ってきました。
工場見学はバスツアーで第4高炉、線材工場を巡るもので原則撮影禁止なのですが第4高炉前のお立ち台のみ撮影可となっています。
公開される第4高炉前では高炉でつくられた銑鉄を運ぶトーピードカー、スラグを運ぶスラグ台車、そしてこれらの貨車の入換を行うスイッチャー群をよく観察することができます。
見たところ80t機がトーピードカー、60t機がスラグ台車用になっているようです。
P1090407.jpg
4台写っているDLの内左3台は80t機、右端の1台が60t機。
無線操縦なのでオペレーターはデッキの操縦スペースや車外から列車を操作しており基本的に運転席は使って無い様子で左の2台にはキャブが最初からないタイプ。

まずは60t機から見て行きます。
P1090415.jpg
第4高炉をバックにスラグ台車を牽引して進む60t機D.6010号。
構内鉄道は1435mm軌間なのですがバックにあるものがみんなスケールが大きいため1067mmのように見えてしまいます。

P1090428.jpg
D.6010
1969(昭和44)年製日立60t機。
基本的な形状は日立の一般的な凸型スイッチャー(例:本巣のセメント専用線)と一緒ですが熱源となる貨車を連結するためラジエターは側面にあります。

P1090414.jpg
D.6010がスラグ台車4台を連ねて走行中。
スラグを降ろして高炉に戻って来たところのようです。
こうして見ると引き通し管のエアホースが無いことがよくわかります。
高熱を発するためなのか貨車にブレーキは通っていません。
平坦な埋め立て地の線路を低速で走るだけとは言え重量物輸送列車を機関車のブレーキだけで止めているのはなかなか強烈な印象。

P1090435.jpg
高炉の手前までスラグ台車を押し込んでお休み。
下回りの台枠や端梁は幅広でごついですがボンネットやキャブなど上回りは在来線サイズのようですね。

P1090384.jpg
D.6009号
1969(昭和44)年製日立60t機。
D.6010と同時につくられた兄弟機ですがラジエター位置を見ると分かるように前後の向きが逆になって反対面が見られました。

P1090468.jpg
D.6002号
1968(昭和43)年製日立60t機。
D.6009、6010と同タイプですが生まれは1年早いです。
熱源があるところに入るためかキャブの窓が半分塞がれ、スカートで台車を覆った独特の姿。
またラジエターグリルの形状や梯子の位置も異なっています。
構内鉄道の運行開始が1968(昭和43)年だそうなのでヌシのような存在?

P1090466.jpg
端梁には尾灯を埋めたような跡も。


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スイッチャー | 00:15:59 | Trackback(0) | Comments(2)
「小坂森林鉄道 上巻(副題:飛騨最大の森の鉄路)」発刊
山の日記念で書籍販売の告知をします。
秋に小坂森林鉄道研究会から「小坂森林鉄道 上巻(副題:飛騨最大の森の鉄路)」を発刊します。
9月29日(日)に東京日本橋綿商会館で開かれる第15回軽便鉄道模型祭で販売、10月中旬以降はAmazonでも販売する予定です。
osaka-book1.jpg
濁河線上部軌道のレールが残っていることで林鉄ファンにはある程度知られているものの正史と呼べるものは世間に出ていないのが実情です。
まだ未解明な部分が多いですが国立公文書館つくば分館でたまたま再発見できた資料から建設時の様子、小坂森林鉄道研究会で収集していた写真や資料、証言などをまとめました。

No25-2.png  No25-1.png
小黒川線で使用されていた写真が残る協三工業製5t機No.25
上巻では小坂の運材の歴史や森林鉄道の車両について紹介します。
上巻の章立ては以下の通り

小坂森林鉄道路線図
第1章 小坂森林鉄道前史
1-1.近世以前の木材輸送
1-2.小谷狩りと大川狩り
1-3.明治維新後の森林行政
1-4.小坂の官業伐木事業
1-5.近隣地域での森林鉄道敷設の始まり
1-6.小坂の林道整備
1-7.飛騨川の電源開発と高山本線の開通

第2章 小坂森林鉄道の歴史
2-1.小坂森林鉄道の建設
2-2.最初期の小坂森林鉄道
2-3.戦時中の小坂森林鉄道
2-4.林政統一
2-5.道路輸送への転換と労働形態の変化

第3章 車両
3-1.機関車
3-1-1.ガソリン・代燃機関車
  3-1-1-1.ガソリン機関車の仕様
3-1-2.ディーゼル機関車
3-1-3.特殊軽量機関車
3-1-4.小坂官材協同組合の機関車
3-1-5.現在見られる小坂森林鉄道と同型、類似型の機関車
3-1-6.代燃機関車
  3-1-6-1.代燃車の仕組み
  3-1-6-2.森林鉄道の代燃車使用の始まり
3-2.モーターカー(自動トロリー)
3-3.貨車
3-3-1.ボギー運材貨車
3-3-1-1.鉄製貨車
3-3-1-2.木製貨車
3-3-1-3.モノコックトロリー
3-3-2.トロリー
3-3-3.ダンプ貨車
3-3-4.客車
3-4.森林鉄道のブレーキ

資料編
6tガソリン機関車仕様書
4.5米tガソリン機関車仕様書

P1080280.jpg
なお本の販売収益は小坂森林鉄道研究会で所有するNo.118の修繕、維持や動態保存線の敷設事業に使用させて頂きます。
皆様のご支援よろしくお願い致します。

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森林鉄道(名古屋営林局) | 00:00:12 | Trackback(0) | Comments(2)
名古屋鉄道名古屋本線大里駅の貨物側線(?)跡
名鉄でこの駅貨物やってたんだ・・・と意外性の大きい駅の一つ。
名古屋鉄道車両史上巻(清水 武、田中 義人/著 アルファベータブックス/刊)の1943(昭和18)年4月1日時点の構内配線図を見ると行き止まり式の貨物側線と貨物ホームらしきものが描かれています。
しかし1950(昭和25)~1957(昭和32)年度の愛知県内の私鉄各駅の貨物輸送量が記載された愛知県統計年鑑(愛知県)には一度も貨物取扱い量の記録がないことから相当に早い時期に貨物営業を廃止していた様子。
よくわからないのでタイトルも貨物側線(?)にしています。

P1090084.jpg
駅舎とアパートが一体化した構造の大里駅舎。
駅の南方(豊橋方)で名古屋本線が東海道新幹線と交差しています。
名古屋鉄道(初代)が名古屋電鉄、尾西鉄道、美濃電気軌道など各社が細切れで開業していた各線をつないで名古屋~岐阜をつなぐ名岐線とすべく路線延伸していた最中の1928(昭和3)年2月3日に大佐土駅として開業しています。

P1090104.jpg
普通のほか本数が僅かな準急と朝夕の急行、ごく一部の快速急行が止まる微妙な状態。
名鉄をよく知らない人にとっては結局どの列車に乗れば止まるのか??という複雑怪奇な駅かも・・・(^ ^;)
今では複線の本線があるだけで側線などの分岐は皆無。
側線があった当時は上下線間に渡り線もありました。

P1090091.jpg
貨物側線は名鉄岐阜方から西側に分岐して行き止まりのごく簡単な配線
通過中の名鉄岐阜行2300系特急の右に側線が分岐していた名残の敷地が拡がっています。

P1090087.jpg
途中には開渠の跡も。Iビームを固定していたであろうボルトも残っています。
異様に浅い水路ですぐに水が付くのではないかと思われそうですが実際田植えの時期になるとよく冠水します。
田園地帯なので田植え期になると水路は目一杯に水が流れ田んぼの中の低い道路が冠水する光景は日常茶飯事・・・。

P1090102.jpg
下りホームの名鉄岐阜方末端部から見た貨物ホーム、側線跡。名鉄パーキングになって跡形もなし。
側線があった当時旅客ホームは現在より短く、奥に見える石積み部分だけだったものと思われます。

P1090100.jpg
ホーム上から見た側線の橋台が残る開渠。鉄製アングル架線柱が側線の真ん中付近に建てられています。
この電柱の建植時期はわかりませんが相当に古そう。側線橋台の上部が大きく欠損しているのも気になります。
1つ心当たりがあるのは60年前の衝突事故。
伊勢湾台風から間もない1959(昭和34)年10月11日夜に大里駅南方の踏切で岐阜行特急電車(初代5000系)がオート三輪と衝突転覆する事故が発生しています。
オート三輪を引っ掛けたまま大里駅に突入し岐阜方で転覆して前3両が線路脇の水田へ転落し9人死亡、120人以上負傷と言う大惨事になっています。

大里駅付近には特に大きな工場は無く当時の航空写真を見ても人家も少ない田んぼの中の駅という状態でした。
考えられそうな輸送品目は発送:農作物、到着:肥料が多そうですが確証は有りません。

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貨物側線跡 | 23:33:34 | Trackback(0) | Comments(0)
中川運河水上バス ららぽーと名古屋アクルス支線
以前乗った中川運河水上バスですがららぽーと名古屋みなとアクルスにも船着き場が出来て小型船が乗り入れています。
かつては堀川までつながっていたものの現在は行き止まりになった支線運河の終点にららぽーとがあります。

P1090201.jpg
以前は流れが無く運河の水が液体と言うよりはドロリとしたゲル状になって異臭を放ち名古屋港線撮影時は異臭に顔をしかめながらDE10を待っていました。

P1090202.jpg
しかし今では船が入ってかき混ぜられて入れ替わるようになったのかほぼ無臭。水の色はオリーブ色ですが以前のようなゲル状ではなく正常な液体になっていました。

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名古屋港線と旧東邦瓦斯港明工場専用線のガーダーをくぐる水上バス。

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そのしばらく後に名古屋港線稲沢行きのDE10 1165が通過。

P1090214.jpg
ららぽーとで買い物をしてから笹島まで乗船することにします。

P1090219.jpg
前面貫通式で運転席の前から乗船・・・左側運転台なこともあって何だかデッキ付き旧型電気機関車のよう。
運航時の前後進は左のワンハンドルマスコンのような操縦桿で行っていました。

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未分類 | 00:02:22 | Trackback(0) | Comments(0)
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