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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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福知山乗り換え待ち
宮津から播但線経由で帰るため途中福知山でしばらく待ち合わせ。

P1110680.jpg
宮津から宮福線の丹後の海KTR8003に乗って福知山へ。
朝乗った宮津線の普通は閑散としていたのですがこちらは2両編成が結構いっぱい。
京都丹後鉄道は生活路線より観光路線重視なのでしょうかね。

P1110686.jpg
待ち合わせ時間中に福知山駅南口に保存されているC11 40と転車台を見に行きます。
雰囲気のある保存方法なのですがバックのスポーツ用品店の看板が目立ち過ぎ(^ ^;)

P1110683.jpg
1933(昭和8)年川崎車輌製のC11形2次車。
説明板には1944(昭和19)~1956(昭和31)年まで篠山線で走っていたことになっています。
機関車表を見ると昭和10年代は紀伊田辺や新宮など紀勢西線配置。
昭和20年代も新宮、山田(参宮線)など紀伊半島、1955(昭和30)年には貸出なのか貴生川?(草津線)にいたりしますが1956(昭和31)~1971(昭和46)年の間福知山機関区にいたようです。

P1110690.jpg
C11 40と転車台のほか福知山駅地上時代のホーム上屋の一部が保存されています。

20040821_1.jpg
高架化直前、地上時代末期の福知山駅ホーム。
183系特急北近畿と、福知山終着のたんばが停車中。
現在保存されている上屋はこの写真を撮影したホームのどこかから切り出されたもののよう。
2004(平成16)年8月21日

P1110693.jpg
少し前まで国鉄形ばかりだった福知山駅も現在は223系5500番台、287系が主流。
ホームに上がると福知山線篠山口行きが霜取りパンタを上げていたので撮影~。

参考文献:
機関車表 フル・コンプリート版(沖田 祐作・著/ネコ・パブリッシング)

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撮影行 | 23:32:27 | Trackback(0) | Comments(0)
No.118公開日情報 2020年1月19日(日)
No.118公開日情報
1月19日(日) に岐阜県下呂市小坂町のひめしゃがの湯で機関車、運材貨車の整備作業を行います。

P1080275.jpg
当日は日頃カバーを掛けているNo.118の覆いを取って展示、キャブ内の塗装準備、た山トロの軸受部整備作業を行います。
作業は10:00頃~15:00頃(12:00~13:00頃に昼休み)に実施予定です。
冬季の放電防止でバッテリーを降ろしているためNo.118のエンジンは掛かりませんのでご了承下さい。

P1120035.jpg
山トロの整備作業では展示車両中唯一小坂森林鉄道の生き残りにも整備の手を入れます。

P1120036.jpg
油を指す前に前回試しに開けて見たところ用途廃止後長年油差しが行われていなかった割に状態の良い軸もあれば・・・。

P1120038.jpg
油が乾いてカッサカサになってる軸もあったり。

<酒井5t機No.118塗装変更について>
2020(令和2)年3月頃よりNo.118は外板塗装作業に入ります。
従って完全な野辺山SLランド色での展示も今回と2月の作業日で最後となる見込みです。

No118-1.png

塗り替えは↑のようなイメージで昭和30年代に木曽の小川森林鉄道で使われていた頃の塗装を想定しています。

ひめしゃがの湯マップ



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小坂森林鉄道保存活動情報 | 00:13:24 | Trackback(0) | Comments(0)
宮津臨港線(宮津線宮津駅)~その3~
宮津臨港線3回目~。

P1110653.jpg
用水路に架かるコンクリート橋を別角度から。
奥に見える橋もスイッチバックして京都府漁業協同組合連合会(漁連)宮津支所へ向かっていた線路跡ですが向こうは架け替え済み。
その先は宮津湾、天橋立も見えています。

P1110650.jpg
右の建屋後方から奥へカーブしながら埠頭へ線路が延びていました。宮津港は京都府営なので京都府専用線となっているのはこの埠頭内の側線のことだったのでしょうか。
以前はガントリークレーンなどがあったのですが今ではそれらしいものが見当たらなくなりました。
手前の路面に現れている舗装の継目はスイッチバックして漁連へ向かっていた線路の跡では?

この埠頭ではニューカレドニアから日本冶金大江山製造所向けのニッケル鉱石を陸揚げ貨車積して臨港線、宮津線経由で丹後山田へ。
丹後山田から加悦鉄道機が入換業務を行っていたことで知られる日本冶金大江山製造所専用線で工場まで運ばれていました。
当日は入港していませんでしたがニューカレドニアからのニッケル鉱石輸送は現在も行われており宮津湾から艀で天橋立の有名な回転橋の小天橋を通過して大江山製造所まで運んでいます。
戦時中大江山鉱山のニッケル鉱石を加悦鉄道で輸送していた大江山製造所は敗戦とともに操業停止していたのですが1952(昭和27)年1月にニューカレドニアからの輸入鉱石で再開することになり、1952(昭和27)年6月15日には宮津港へニューカレドニアからの第1便が到着。
宮津港~大江山製造所で3軸貨車のトキ900を連ねた鉱石シャトル列車が1日3往復走ったそうですが1956(昭和31)年10月には沖合に停泊した本船から艀で工場まで鉱石を海上輸送するように変わってしまい臨港線の華やかな時代は4年ほどで終わってしまったようです。

P1110645.jpg
ニッケル輸送の関係か漁連への線路沿いには加悦鉄道の後身、宮津海陸運輸の事務所があり社屋には↓の加悦鉄道の気動車などに描かれていたのと同じ社紋が掲げられています。
IMG_5196.jpg
加悦鉄道キハ51の社紋。

P1110642.jpg
漁連方面は駐車場になって何も残っていません。

P1110640.jpg
漁連の魚河岸辺りまで線路が入っていたそうですが白い冷蔵貨車も入線していたのかな?

参考文献:
RM LIBRARY180 加悦鉄道 -丹後ちりめんを運んだ「絹の鉄道」-(上)、(下) (NPO法人加悦鐵道保存会/著 ネコ・パブリッシング/刊)

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専用線跡 | 23:56:25 | Trackback(0) | Comments(2)
宮津臨港線(宮津線宮津駅)~その2~
宮津臨港線2回目

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宮津駅構内を西舞鶴方から見た様子。
貨物側線に面した道路は石畳になっています。
まだ舗装されていない道路が多かった時代、貨物の授受で多くの荷馬車、トラックが錯綜することを想定して砂埃やぬかるみ防止のため敷かれたものでしょう。

P1110665.jpg
石畳の横にはまた古そうな倉庫。外壁は波板に変わっていますが恐らくオリジナルは木造のかなり古いものでは。

P1110660.jpg
西舞鶴方を見た様子。ここにも保線MC庫があります。
貨物扱いを行っていた時代は日通所属の日本輸送機1960(昭和35年)製の10t半キャブロッド貨車移動機(製番:33539)が常駐していました。
僕は宮津駅貨物廃止前に生まれて帰省もしていたのですが物心つく前のことなので全く覚えがないです(- -;)
京都の日通機は独特の付番をしており頭には支店名を片仮名で付けていました。
宮津の機関車はキヨW1-4という番号で頭2文字は京都支店を表しています。
宮津には宮津支店があったのですが京都市内の山陰本線丹波口駅で使われていた時代の番号のままだったのでしょう。
現存するものでは北沢産業網干鉄道DB2とよく似ています。

P1110659.jpg
宮津線本線から分岐してリレーボックスの辺りを通っていた臨港線。舗装の境目が斜めになっているので多少面影がありますがその先急カーブで分かれていく路盤はよく分からなくなっています。

P1110657.jpg
お菊稲荷の前で国道178号線を横断していました。臨港線は右のタイヤ店の横へ延びていました。
お菊稲荷は番町皿屋敷と同じような話で18世紀の宮津藩で起きた不祥事に由来。
その結果藩主青山氏が美濃郡上藩へ移されたとのこと。
郡上藩では郡上一揆、石徹白騒動が起きて不祥事がばれた前の郡上藩主金森氏が徳川幕府によりお取り潰し。
代わりに宮津から青山幸道が移封されたわけですがこっちも不祥事?どこまでが本当なのやら。
因みに大規模一揆後の沈滞ムード漂う郡上藩で青山幸道が景気付けに始めさせたのが現在の郡上八幡名物の郡上踊りとも言われています。
うちの先祖は片や丹後、片や石徹白出身ですが何か関係してたりして・・・(^ ^;)

P1110654.jpg
国道178号線の踏切は信号交差点を臨港線が斜めに突っ切る線形。
交通量の多いところなので入換時はかなりの渋滞を引き起こしていたのでは?
その交差点の海側には臨港線のコンクリート橋が残っています。

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専用線跡 | 22:56:51 | Trackback(0) | Comments(0)
宮津臨港線(宮津線宮津駅)~その1~
宮津線(現・京都丹後鉄道)宮津駅から埠頭へ延びていた専用線。
親類が多いので帰省で馴染みの場所ですが私が物心ついた頃には宮津線は既に貨物営業を廃止していたので現役時代は覚えのない専用線です。
「お菊稲荷の前を貨物列車が通っていた」と父や祖母から聞いていたのですがいつ頃まで走っていたのかを聞くと「昭和30年代くらいじゃなかったかな?」と言う答え・・・実際には1981(昭和56)年まであったようですが一般の専用線の記憶なんてそんなものでしょうかね。

①日本通運専用線(国鉄側線(宮津臨港線と呼称))
作業方法:日通機
作業キロ:0.6km
総延長キロ:0.6km

②日本通運専用線(国鉄側線)
作業方法:日通機
作業キロ:0.1km
総延長キロ:0.1km

③京都府専用線(宮津臨港線に接続)
作業方法:日通機
作業キロ:0.4km
総延長キロ:0.4km

P1110670.jpg
木造跨線橋、上屋が木造のまま更新工事が行われており構内には新しい杉材の香りとペンキの臭いが入り混じってました。
子供の頃から馴染みの構造物を残していただけるのは嬉しいことです。
しかしホームの順番がわけのわからないことに・・・改札側から1,2,3,4番線だったのが3,2,1,4番線の順に変わっています。何でまたそんなややこしいことに??(・ ・?)

P1110672.jpg
既存の跨線橋と別に新しくできたバリアフリー跨線橋上から西舞鶴方を見た様子。
左の保線車がいる側線がかつての一般貨物側線。
子供の頃は左の駐車場には日通のトラックが並んでいた覚えがあります。

P1110673.jpg
西舞鶴方拡大。
臨港線はモーターカー庫の右辺り、上下線が合流した先で左に分岐、踏切先の黄葉した銀杏の木の方へ曲っていました。

P1110667.jpg
貨物側線上のマルタイ。この車も小学生の頃から見ているのでかなり長いこと使われていますね。

P1110668.jpg
軽ワゴン改のモーターカー。これは昔はいなかったような。
左にももう一本側線があった気がしますがいつ撤去されたのかは不明。

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専用線跡 | 23:32:03 | Trackback(0) | Comments(0)
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