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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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名古屋鉄道名古屋本線西枇杷島駅の側線群~その2~
中々更新できていませんが西枇杷島2回目~。

P1080814.jpg
西枇杷島駅岐阜方より。
2000(平成12)年の東海豪雨で水没した時の空撮映像では水上にホームがポツンと浮かんで普段よりホームのエッジがよりシャープに見えたのを覚えています。

P1080815.jpg
狭いホームの先端には車両限界をクリアするために削られたのか頬がこけてげっそりとした本線下り出発信号機(^ ^;)
すぐに東海道本線、東海道新幹線をくぐります。
ホーム延伸ができない要因はホームの前後を東海道線と愛知県道190号名古屋一宮線(旧・国道22号線)に挟まれているためでしょうか。

P1080812.jpg
踏切を渡って反対側から。
待避線は赤錆びてますが左端の犬山線への短絡線へ続く線路は輝いているのでこちらは今後も残る模様。
待避線撤去の折には短絡線も撤去されるのか?と戦々恐々としてたので今回一番ほっとしたところ~(爆)

P1080824.jpg
西枇杷島駅を短絡線方から見た様子。一番手前が短絡線です。
県道190号名古屋一宮線は元国道だけあってバイパスの新国道ができた今も渋滞する道。
道路の本線はかなり早い内に立体交差化されているのですが歩道は立体化されず、地元の方の出入りのため側道となって踏切が残り鉄道側から見るとあまりメリットの無い立体交差になっています。
車でこの陸橋を走っても道幅が相当に狭く対向で大型トラックでも来ようものならなかなか怖いところです。

P1080810.jpg
西枇杷島駅を跨ぐ県道陸橋。
なかなか渋くて味のある陸橋ですが相当ガタが来てる感は否めません。
因みに竣工は1934(昭和9)年とのこと・・・味があるわけですね。

P1080823.jpg
振り返るとファンにはよく知られた枇杷島デルタ線地帯。
右が名古屋本線で左は留置線を兼ねた短絡線。

P1080869.jpg
名古屋本線側から見た短絡線ヤード。少なくなったものの木製架線柱も残り名古屋本線や犬山線から見ると異界の線路のよう。
単線の短絡線があっただけだったのが戦時中に線路が増設され最盛期には左の建物の部分にも犬山線側から入って行き止まり式の貨物側線、貨物ホームがありました。
名鉄OBの方から伺ったお話では貨物の乗務区が置かれ名鉄西部線の貨物の中枢だったとのこと。
昭和20~30年代には貨車がひしめいていましたが1966(昭和41)年2月に貨物取扱いが廃止されています。

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現役側線・専用線 | 22:40:01 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋鉄道名古屋本線西枇杷島駅の側線群~その1~
とある森林鉄道に関して執筆活動やその他もろもろのためブログに大穴開けてます。
何故かひとつ忙しくなるとドミノ的に関連性のないことまで忙しくなってしまうのは何故なんでしょうね??
やりがいのある事で忙しくなることは有りがたいことなのですが今秋まではこんな状態かも・・・(^ ^;)

2019(平成30)年3月16日のダイヤ改正で列車の待避が無くなったという名鉄名古屋本線西枇杷島駅。
普通列車のみ停車でこの駅を通る列車の殆どは通過列車で停車するのは30分に1本の普通のみ。
名古屋に近いのに停車列車数は異様に少ないです。
600m西に準急停車駅の二ツ杁駅があるのでそちらを使った方が便利な気もします。

P1080819.jpg
西枇杷島駅舎
旧国道22号線の古典的な陸橋下に建つ木造モルタルの駅舎。
トランパス導入で駅前に券売機の建屋が増築されていますが昔ながらの駅舎がこれまで残されていました。

P1080889.jpg
名鉄全線を見てもこのような昔ながらの駅舎はここ15年ほどの間にほとんどが姿を消しました。

P1080884.jpg
旅客ホームが極細のため停車列車が来る直前の列車が通過するまで改札口の遮断機が開かないことで知られる独特の駅でしたが待避線が不要になったことでホームを拡幅、独特の改札風景も解消します。

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駅員配置はあるものの安全要員で切符の販売は自販機のみで窓口は閉鎖されています。

P1080893.jpg
西枇杷島を象徴する極細ホーム。
旅客はこんな状態で戦時中は休止されていたほど・・・しかしこの駅の重要性は貨物扱いにこそありました。

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貨物側線跡 | 22:36:59 | Trackback(0) | Comments(2)
三岐赤電
半日だけ空いたのでちょっとだけ三岐赤電801系803F(クモハ803+モハ804+クハ1804)を撮影に。
貨鉄博作業時に見てはいたものの作業にかまけてまともに撮影できていませんでした。

P1080676.jpg
まずは西武池袋線武蔵横手付近のイメージで~(実際の場所は保々~山城)

P1080689.jpg
試しに851系851F(クハ1881+モハ881+クモハ1851)を後打ちして3両編成のアングルを検討。
この日は風が強く田んぼも波が立って濁っていたので水鏡は期待できそうにありません。

P1080693.jpg
近鉄富田から戻ってきた803F。
1966(昭和41)年所沢工場製の西武701系701F(クハ1771+モハ771+モハ772+クハ1772)で4両編成でしたがモハ771にクハ1771の運転台を取り付けて3両化されています。
当初はクハの台車が旧型国電のTR-11だったというのでなかなかのゲテモノ。

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東海私鉄 | 22:51:07 | Trackback(0) | Comments(0)
艶金興業奥町工場専用線(?)(名古屋鉄道尾西線奥町駅)~その3~
尾西線奥町駅の専用線跡3回目~
P1080628_201905152353015cd.jpg
奥町駅のホーム名鉄一宮方から玉ノ井方面を見た様子。
かつてはホームの右に副本線、その右に貨物側線、貨物ホームがあったようですが
名鉄協商の駐車場や駐輪場に利用されて跡形もなし。

P1080627_20190515235300ec8.jpg
名鉄一宮方。
敷地の窄まり方からかつての構内の線形が思い起こされます。
玉ノ井線は起点の名鉄一宮以外一切分岐がない路線ですが何故か分岐器のクロッシングが置かれていますね。

P1080635.jpg
貨物側線や副本線が合流して本線と専用線に集約されて奥町駅を出る辺り。
未舗装道として続いてますが左に赤い頭を見せる用地境界標からこの道の部分もかつて線路用地だったことが偲ばれます。

P1080639.jpg
未舗装道は奥町駅から名鉄一宮方最初の踏切で終り。
奥町駅方向を振り返った様子。

P1080644.jpg
ここから名鉄一宮方は専用線が撤去された路盤が残っています。
6800系名鉄一宮行の電車左に路盤が続いてますが知らなきゃ気付きませんね。
私も野府川橋梁架け替え時の仮線路盤跡か何かだろうくらいにしか思ってませんでした。

P1080645.jpg
専用線が尾西線本線からカーブして工場内へと分かれていた辺り。
左の住宅が並んでいる辺りが線路跡と思われます。

●艶金興業奥町工場専用線についての考察
この専用線による輸送品ですがよくわかっていません。
染色する織物は地元の織物工場から集荷して染色整理後はまた元の織物工場へ配送するのが主でトラックで事足りたはず。
私の学生時代の同級生でも親御さんが織物工場~染色工場のトラック集配の仕事をしており地元の小工場をトラックで周っていました。
これだけでは専用線まで敷く理由は薄そうです。
染色原料となる染料や硫安(硫酸アンモニウム)、燃料の石炭などの搬入に使用していたのでしょうか。

1935(昭和10)年という工場開設時期を考えると同年4月29日に名鉄名岐線(現・名古屋本線)新一宮~新笠松が開業し名古屋~岐阜が電車路線で繋がりました。
これと同時にそれまでの柳橋(名古屋)~新一宮~木曽川橋-(バス連絡)-笠松~新岐阜の電車、バス乗り継ぎルートが解消し奥町を経由する現在の玉ノ井線に当たる新一宮~奥町~木曽川橋は幹線から一支線へ転落。
柳橋~木曽川橋で運転されていた急行電車も名岐線経由で岐阜に直通するようになりました。
名岐線全通後の新一宮~奥町~木曽川橋の輸送量落ち込み対策として貨物需要の喚起のため名鉄が奥町に専用線を敷くことを勧めたとも考えられそう・・・。

●奥町駅の貨物扱い
その後の奥町駅の貨物取扱いですが愛知県統計年鑑(愛知県)によると昭和30年前後の輸送量は以下の通り。
okucho.png
地元の主産業が繊維業のためか出荷量は少なく到着量が多いです。
原料の羊毛は名古屋港や四日市港で陸揚げされたものが貨車積され大口輸送となるため鉄道輸送に適しますが製品は小口で取引先へ発送となるためトラック輸送の方が適していました。
とは言え短い支線区の駅で輸送量も知れているため取扱い駅の集約やトラック輸送へ移行が進んだのでしょう。
奥町駅の貨物取扱いは1962(昭和37)年度に廃止されました。

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専用線跡 | 22:10:32 | Trackback(0) | Comments(0)
艶金興業奥町工場専用線(?)(名古屋鉄道尾西線奥町駅)~その2~
尾西線奥町駅の専用線跡2回目~

okucho-map.png
名古屋鉄道車両史上巻(清水 武、田中 義人/著 アルファベータブックス/刊)の1943(昭和18)年4月1日時点の構内配線図と現地で調査を元に作成した昭和10年代の奥町駅配線推測図。

P1080648.jpg
2019(令和元)年5月現在の奥町駅・・・名鉄標準の簡易駅舎になっています。

IMG_6929.jpg
取り壊し前の先代奥町駅舎。
奥町駅は尾西鉄道が1914(大正3)年8月4日に新一宮~木曽川橋を開業した時に開設。
この駅舎もその当時からのものと思われますが正確なことは不明。
2007(平成19)年3月2日撮影

IMG_6914.jpg
装飾付きの車寄せに丸ポストが立ってなかなか良い雰囲気でした。
因みに一宮市の旧・尾西市、木曽川町域は以前より減ったものの郵便ポストの丸ポスト率が高いです。
2007(平成19)年3月2日撮影

IMG_7256.jpg
因みに上の写真撮影より12日後には取り壊されてこのようなお姿に・・・(- -)
なお駅舎前に立っていた丸ポストは生き延びて駅舎向かいの名鉄協商パーキング駐輪場詰所脇に移設されました。
googleストリートビューでは写っているのを確認しましたが今回取材時には撮影を忘れました(^ ^;)
2007(平成19)年3月14日撮影

P1080649.jpg
玉ノ井方より見た構内。
現在は棒線一本の最も単純な配線。
左の駅舎部分にもかつては線路があり島式ホームになっていたそうですが昭和40年代以前に撤去された様子。
1943(昭和18)年の配線図には無いもののホームと反対側にも側線跡のような敷地があります。

IMG_6937.jpg
旧駅舎時代にほぼ同位置から見た様子。
ホーム上の上屋のつくりから反対側にも線路があったことが窺われます。
その左の駐輪場の屋根が見える辺りに貨物側線、貨物ホームがあったようです。
2007(平成19)年3月2日撮影

IMG_6919.jpg
有人駅時代の奥町駅改札。
スロープと改札の間に構内踏切があったことを窺わせるスペースがありました。
ホームに6800系玉ノ井行が到着すると駅員さんが改札前に立ち降車客を迎えていました。
今は自動改札機があるだけの無機質な空間になっています。なおかつての線路上に建てられたトイレは現在も変わっていません。
2007(平成19)年3月2日撮影

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専用線跡 | 23:34:57 | Trackback(0) | Comments(0)
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