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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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貨物鉄道博物館ワフ21120尾灯点灯試験
昨日は貨物鉄道博物館3か月ぶりの開館日でした。
作業で既に夏バテ起こしてましたがワフの尾灯点灯状態での初お披露目大勢の方にご覧いただけました。

とここでは直前の準備の様子。
P1120919.jpg
レンズ抑えのゴムパッキン交換、抑え金具のさび落としなど「そんなとこ見えないよ」というところまで~もはや自己満の領域(^ ^;)

P1120925.jpg
いよいよワフ21120に試験装着・・・左右の尾灯をつなぐ配線がモロ目立ち(爆)

P1120935.jpg
配線をデッキの手摺りの上に載せてしまえば・・・。

P1120975.jpg
これなら目立ちませんね

P1120932.jpg
午後の順光状態では遠目には点灯しているのかどうかあまりわかりません。

P1120971.jpg
暗くなってくるとようやく見えてきました。

P1130056.jpg
そして昨日の開館日、作業中のシキの上から撮影してみたところ。
午前中の逆光状態の方が真っ黒で却って点灯していることがわかり易かったです。

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

貨物鉄道博物館 | 22:28:54 | Trackback(0) | Comments(2)
名鉄高運転台車の記憶~その1~
名鉄では旧型電車を中心に運転台が高い位置に改造された電車が存在しました。
踏切事故時の運転席の安全確保や見通しをよくするためという理由で行われた改造で原型を重んじるファンからは嫌がられそうですが個人的には妙に印象に残る顔だったなあと思います。

当時はまだ定期運転があった戦前製の旧型電車モ800と3400系。
犬山を拠点に走っていたのでたまたま行ったら走ってたということが何度かありました。
19960121_811_7300.jpg
犬山でしばらく撮影していたら突然新鵜沼方面からモ811+7300系が回送されて来て犬山車庫に入庫。
こんなのが特にカメラの砲列などできることもなくヒョイと現れるのが面白い時代でした。
名鉄お得意の高運転台化改造にヘッドライトも「豚鼻」と呼ばれたシールドビーム2灯化改造済み。
1996(平成8)年1月21日 犬山

19960407_3300_7300.jpg
広見線、小牧線のいもむし3400系+モ800型の3連を撮りに行ったらこの日はさよなら運転で運転時刻が違い3300系で代走されていたという残念写真(?)。
隣には小牧線上飯田行き7300系も入って車体新製釣り掛け電車が並びました。
当時3300系というと小牧線が主で1日1本各務原線往復があったくらい。新可児行きもこの時乗っただけなので今となっては貴重な記録?
7300系は「釣り掛けパノラマカー」と言われよく知られてましたがこの目の吊り上がったような高運転台の表情と前照灯3灯が厳つくて何だかよく印象に残った車両。
こちらは改造ではなく最初からこの高運転台顔で製造されています。
2扉車体なので普通列車でも真ん中あたりは扉がないので乗客の出入りで起こされることなく昼寝のし易い電車でした(笑)
冷暖房の利きも良く、くぐもった釣り掛け駆動音も程よい眠気を誘いました(爆)
1996(平成8)年4月7日 犬山

19970413_7300_1.jpg
7300系名鉄でのさよなら運転。
7307Fで犬山~新岐阜で運転されたものと記憶してますがどうだったっけ?
1997(平成9)年4月13日 犬山遊園

19970413_7300_2.jpg
7300系は1500V昇圧の豊橋鉄道渥美線に移ることが決まっており既に先行して豊鉄入りし高師の車庫で改造中の編成もいたと思います。
犬山橋で撮れば良さそうなものですが電車通過待ちの車列に引っ掛かってまともに撮れないことが予想された(前方見ればそれが当たっていることがわかりますね^ ^;)のでホーム上から撮影。
当時使っていたのはズームするとどうしてもピントが合わないしょぼしょぼカメラだったので望遠にすることもなく撮っています。
1997(平成9)年4月13日 犬山遊園

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名鉄 | 22:33:44 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋鉄道犬山線稲荷前駅跡
スマホを落として割ってしまったので交換のため上小田井までお出かけ。
R302の大渋滞に車で突っ込みたくないし、休みの日にわざわざ電車で名古屋の人混みを回っていくのも何だかなあ・・・ということで自転車で行くことに~。
旧名鉄一宮線跡の道で岩倉へ出て犬山線沿いの旧街道を行きます。

P1120995.jpg
岩倉~大山寺にあった稲荷前駅の跡に寄り道。
踏切の右(名古屋方)が駅跡。
1912(大正元年)8月6日の郡部線開業時に稲荷駅として開業、戦時中の節電運転のため発車停車を減らすため整理され営業休止になってしまった駅です。

P1120994.jpg
下りホーム跡を通過する電車を撮ろうとしたら最新鋭の9500系が来ました。
まだまともに写真撮ったことがないのですがまたもこんな写真に(^ ^;)

P1120993.jpg
下りホームの石積みは根元の一部だけが残存。

P1120988.jpg
上りホームの石積みはホーム全長分残っているようですがそれでも短いですね。
デセホ700デセホ750のような15、6mボギー車で1両半分しかなさそう。
下りホームは真っ平にされてますが上りホームは土盛りが残っています。

P1120990.jpg
上りホームの踏切側には駅出口で参拝客を案内するための石碑が鉄道敷地内に残っています。
「尾張西国四番 藤嶋観世音」とあり、この駅前の道を小牧側へ950mほど行った藤島山賢林寺への案内。
平安時代前期作といわれる木造十一面観音菩薩坐像が安置されています。
「是ヨリ七丁」とありますが1丁(町)は109.09mなので7丁は763.63m・・・誤差にしてはちょっと大き過ぎないかな?(^ ^;)
当時はお寺の敷地がもっと広がっていたとか?

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名鉄 | 22:00:20 | Trackback(0) | Comments(0)
末期の名鉄モ700型
モ750、ク2320と来たら後はモ700ですがこちらは当時モ750と区別がついておらずまともに撮ったのは一回だけ。
乗車もク2320に乗りたかったのでモ700は後回しにしている内に廃車されてしまいました。

モ700型はモ750型の1年前に登場していますがほぼ同系統と言ってよいうような車両。
電装品が違いましたが両形式とも後天的に改造されるとほとんど形式の違いに意味が無くなっていたのではないかと・・・。
見た目はモ700の方がステップが若干深いという程度の違いでした。

●モ703
1927(昭和2)年4月製造、デセホ703
1941(昭和16)年車両称号変更モ703
1962(昭和37)年瀬戸線配置
1978(昭和53)年揖斐・谷汲線配置
1998(平成10)年4月廃車
19970320_mc703.jpg
片運転台化されク2326と編成を組んでいたモ703。
日中は出番がないため行先表示板には「この電車は発車しません」と書かれていました。
片運転台のため末期は常にク2320と編成を組んでいましたがク2320が廃車になった後もモ750と編成を組んで1年ほど生き延びています。
1997(平成9)年3月20日 忠節

瀬戸線移動前は小牧車庫に集中配置されていたモ750に対しモ700は各務原線新那加車庫配置でした。
昇圧される前にモ702~704の3両だけ瀬戸線に移動しましたがそれ以外はモ706が新川工場火災により廃車。
モ701、705は福井鉄道に貸し出し後譲渡、モ707~710も北陸鉄道に譲渡されて名鉄での残存率は低下していました。
福井では南越線で単行運転に使われた後元瀬戸電ガソリンカーと固定編成を組んで初代モハ140に。
北陸鉄道では前面貫通化、前面窓のHゴム化、シールドビーム化が行われ独特の表情に変わりました。
当時福鉄、北鉄は北陸進出を狙う名鉄の傘下に入ったところでまずは自社の車両を送り込んだのでしょうか。
fukui-mc140(1).gif fukui-mc701.gif
福井鉄道貸し出し時のモ701。この色はこの色でローカル電車らしくて良いですね。
この後片運転台化、クハ140(元瀬戸電キハ300→名鉄ク2200)と固定編成化され前面窓もHゴム化されて福武線で使われていました。

hoku-mc3703.gif hoku-mc3702.gif
大改造された北陸鉄道モハ3700型。
隙間風対策でHゴム化された様子。能美線が廃止になると余剰車となり新西金沢の側線で昼寝していたとのことですが一足遅かったのか金沢で見たことはありません。

いずれも譲渡先より本家に居残ったほうが良い状態で生き永らえたという妙なパターン。

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名鉄 | 22:45:28 | Trackback(0) | Comments(4)
平成の名鉄ク2320型画像集め
揖斐・谷汲線旧型車モ750に引き続きク2320型。全車4台は撮れておらずク2323だけ漏れてました(^ ^;)
1926(大正15)年に愛知電気鉄道の電7型、附3型として日本車輛で製造された電車。
旧名古屋鉄道がモ750のように前面は丸みを帯びたスタイルが多かったのに対し愛電は角ばったスタイルの電車が多くなっていました。
電7→デハ3080型は電動車と分かりますが附3→サハ2020型は附随車ではなく運転台付きの制御車です。
デハ3080型はデハ3080~3084、3086~3089の9両、クハ2020型はクハ2020の1形式1両。
デハ3085がいませんが愛電では末尾に5を持つ電車が大事故を起こすことが何度かあったため末尾5が忌み番となっていました。
名鉄となってからも直流1500V各路線で使われた後クハ化され600Vの瀬戸線、揖斐・谷汲線で使われました。
瀬戸線時代は一部が特急車となりパノラマカー並みのミュージックホーンまで搭載してます。
同型車として伊勢電気鉄道デハ121型→近鉄モ5121型がいましたがこの車両も名古屋線系統で使われ最後は養老線で廃車となっており会社は違うもののご近所の似た者同士でした。

揖斐・谷汲線では朝夕ラッシュ時にしか出て来なかったので1回しか乗ったことはなく、大概は黒野か忠節で昼寝してた印象。
遊間の大きい自動連結器なので発車時は前後にガックンガックンと激しく揺さぶられる車両でした。

●ク2325
1926(大正15)年3月 製造。電7型(番号?)
1927(昭和2)年 車両称号変更デハ3086
1941(昭和16)年 車両称号変更モ3206
1964(昭和39)年 電装解除ク2325
1965(昭和40)年 1500V→600V降圧瀬戸線配置
1973(昭和48)年 揖斐・谷汲線配置
1997(平成9)年5月 廃車
19970402_tc2325.jpg
1台1台窓の形が違っていたク2320型。ク2325が一番原形の雰囲気を残していました。
1997(平成9)年4月2日 忠節

●ク2326
1927(昭和2)年 車両称号変更デハ3088
1941(昭和16)年 車両称号変更モ3208
1959(昭和34)or1962(昭和37)年 事故復旧で高運転台化
1964(昭和39)年 電装解除ク2326
1965(昭和40)年 1500V→600V降圧瀬戸線配置
1978(昭和53)年 揖斐・谷汲線配置
1997(平成9)年5月 廃車
19970320_tc2326.jpg
事故復旧で名鉄お得意の高運転台化されていた車両。
反対側の運転台撤去側も高運転台化された窓の形はそのままでした。
1997(平成9)年3月20日 忠節

●ク2327
1926(大正15)年8月 製造。附3型(番号?)
1927(昭和2)年 車両称号変更サハ2020
1941(昭和16)年 車両称号変更ク2021
1948(昭和23)年 電装モ3210
1964(昭和39)年 電装解除ク2327
1965(昭和40)年 1500V→600V降圧瀬戸線配置
1973(昭和48)年 揖斐・谷汲線配置
1997(平成9)年5月 廃車
19970402_tc2327.jpg
唯一元々電動車でなかった車。制御車→電動車→制御車と目まぐるしく変化しています。
乗務員扉は助士席側にしかなく運転席横は窓だけで扉がありません。
右はモ704。片運転台化されて台座だけになった尾灯跡が見えます。
1997(平成9)年4月2日 忠節

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名鉄 | 23:29:48 | Trackback(0) | Comments(0)
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