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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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日本車輌製の森林鉄道ガソリン機関車
国内の森林鉄道のガソリン、ディーゼル機関車というと加藤、酒井、協三、野村組など重機や機械メーカー製で、大手鉄道車両メーカー製というものはほとんど存在しません。
しかし昭和初期のほんの一時期に鉄道車両メーカーの日本車輌、川崎車輌が製造したガソリン機関車が導入されています。
日本車輌初の内燃機関車は1930(昭和5)年10月製造の2軸4tガソリン機関車で、青森営林局へ納入されました。
この機関車はインサイドフレームのロッド式駆動という、森林鉄道ではあまり見ないタイプでした。
津軽森林鉄道に導入されたようですが、元来が研究目的の試作品なので、果たして実際どれくらい使用されたのかはわかっていません。

●帝室林野局の日本車輌製GL
日本製機関車製造銘板・番号集成(渡辺 肇)によれば日本車輌から1931(昭和6)年9月製造の4.5t機3台(製番12~14)が帝室林野局に納入されています。
nissha-02.png
nissha-01.png

木曽谷の森林鉄道(西 裕之)の内燃機関車一覧表でこれに該当しそうな機関車は以下の2台。
・旧番No.19→No.24 後にディーゼル化 1957野尻営林署で廃車
・旧番No.20→No.25 1956.1(木曽)福島営林署で廃車

1935(昭和10)年の作業軌道及森林鉄道に関する調査の件報告書(帝室林野局木曽支局)によれば三殿出張所に1台日車機(番号不明)が所属しており、購入価格は2,640円・・・酒井機が5,000円以上していることから見ればほぼ半額です!
藪原の川崎車輌機も2,960円と安値で、恐慌期で鉄道車両需要も減る中、産業用内燃機関車に新規参入するため、ダンピング価格を採ったのかも知れません。
IMG_0035.jpg

代燃装置を併設した車もあり、代燃炉の準備と発車する様子が林野庁映像ライブラリの映像に残っていますが、何号機をどこで撮ったものかは不明です。

木馬、機関車(木曽御料林1937(昭和12年) 製作:帝室林野局)
日車製GLは2:39~3:16に登場

3台のうち1台が行方不明ですが1932(昭和7)年開設の名古屋支局大杉谷森林鉄道に木曽から機関車が来たという話があり、大杉谷下部軌道には大河内土工森林組合に同型の日車機がいました。木曽に入った3台のうち1台を大杉谷に持って行ったのかも知れません。
この機関車は1947(昭和22)年4月の林政統一で大杉谷が大阪営林局管轄となった後、1948(昭和23)年に同局尾鷲営林署に籍が移り大阪局6号機となったようです。
戦後は調子が悪く、カップリングギヤを使った機構が敬遠されてあまり使っていなかったようです。
木曽のNo.19、20も昭和30年代初頭には2台とも廃車されていますが、野尻営林署のNo.19はエンジンを三菱KE-5に乗せ換えディーゼル化、木曽福島署開田森林鉄道にいたNo.20はツートンカラー(上松色?)に塗られていたようです。
No20-2.png
No20-1.png

参考文献
木曽谷の森林鉄道(西 裕之/著 ネコ・パブリッシング/刊)
日車の車輌史 図面集-戦前産業車両/旧外地鉄道編(日本車両鉄道同好部/編著 鉄道史資料保存会/刊)
1935(昭和10)年の作業軌道及森林鉄道に関する調査の件報告書(帝室林野局木曽支局)
三重県の森林鉄道 ~知られざる東紀州の鉄道網(片岡 督・曽野 和郎/著)

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森林鉄道(長野営林局) | 22:03:20 | Trackback(0) | Comments(2)
名古屋鉄道起線尾張三条駅・車庫跡
自宅から最寄りの廃線の名鉄起線。
全線単線の5.3kmと規模が小さく、廃止が古いためか、岐阜市内線や岡崎市内線と比べるとどうも地味なイメージが否めません。
廃線跡である起街道も岡崎のように「電車通り」と呼ばれることもなく地元でもあまり知られていない感があります。
近所なので姪っ子のお散歩がてら撮影してきました。
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起側から見た尾張三条駅跡(路面電車なので尾張三条電停というべきか)
新一宮(現・名鉄一宮)側は野府川を渡る橋となっているため堤防の分高くなっています。交換駅だったためここだけ複線分の
車庫線は新一宮寄り(黒いワンボックスカーがいる辺り?)から分岐して左の西松屋の位置にあった車庫へ入っていました。
車庫跡はバス車庫になっていたものの、車庫の整理統合で駐車場に、さらにドラッグストアとなり後に西松屋となりました。

IMG_20210925_114002988.jpg
新一宮方面乗り場跡と尾張三条車庫跡
バス待合小屋は以前は古レール利用の渋いものでしたがいつの間にか建て替わりました。
車庫跡が駐車場だった頃構内に何本か木製電柱が立っていました。電車の架線柱だったのか廃線後建て替えたものかは不明です。
起線は路面で社の割には片持ちの立派な鉄製アングル電柱の写真が多く見られますが廃線後現在まで残ったものは無し。
なぜか名古屋市電の架線柱に建て替えられた交差点はあったりしますが(^ ^;)

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西松屋駐車場の東側の柵はかつて名鉄の敷地だった名残で、名鉄の線路柵が利用されています。
車庫構内で車庫線は2線に分岐して小さな木造建屋に突っ込むだけの単純な配線だったようです。
電車は二軸木造単車のモ25型とモ40型が主力で、線路が敷設された起街道が狭いことからボギー車は終始入りませんでした。

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尾張三条駅を新一宮側から見た様子
右に車庫線が分岐していた跡には「名鉄バス」の看板が付いた街路灯が建っています。
これも名鉄バス車庫の名残でしょうか。


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廃線跡(一般鉄道) | 22:58:02 | Trackback(0) | Comments(0)
エア軽便祭2021「小坂森林鉄道 下巻 飛騨最大の森の鉄路」販売
軽便鉄道模型祭2021に合わせて「小坂森林鉄道 飛騨最大の森の鉄路」上下巻を販売致します。
オンライン開催のエア軽便祭で例年のような会場での店頭販売を行うことができないため通信販売とします。
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商品数に限りがありますので品切れの際はご了承願います(_ _;)

2021(令和3)年9月26日の軽便鉄道模型祭後も本記事掲載中は通信販売を続けておりますので小坂森林鉄道上巻、下巻が欲しいという方は以下記事の連絡先へご連絡下さい。
なお軽便鉄道模型祭後は貨物鉄道博物館(三重県いなべ市 三岐鉄道三岐線丹生川駅前)での店頭販売、Amazonでの通信販売もありますのでご利用下さい。

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坂森林鉄道 上巻 飛騨最大の森の鉄路
単価:2,500円
軽便祭では税抜き2,500円で販売します。(送料、振込手数料はご負担願います。)

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小坂森林鉄道 下巻 飛騨最大の森の鉄路
単価:2,600円
軽便祭では税抜き2,600円で販売します。(送料、振込手数料はご負担願います。)

送料について
レターパックによるお届けとなります。
ご注文が2冊までの場合は370円3~4冊の場合は520円となります。
5冊以上となる場合や日本国外へのお届けの場合はメールにてご相談下さい。

お申し込みの際は以下の★で囲んだテンプレートを元に必要事項を記入して以下のメールアドレスへお送り下さい。
ご質問等お問い合わせの際も以下のメールアドレスまでお願い致します。
メール:osaka.frail@gmail.com

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フリガナ:
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<お送り先>
郵便番号:〒
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 メール:
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下巻:

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【記入例】
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フリガナ:オサカ タロウ
 お名前:小坂 太郎

<お送り先>
郵便番号:〒509-3195
 ご住所:岐阜県下呂市小坂町大島〇〇
 メール:osaka.frail@gmail.com
   TEL:080-〇〇〇〇-〇〇〇〇

<お求め品>
上巻:
下巻:1

<連絡事項>


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小坂森林鉄道保存活動情報 | 09:45:29 | Trackback(0) | Comments(0)
富山営林署治山事業専用常願寺川軌道~その2~
治山事業専用常願寺川軌道は現在立山砂防軌道の終点がある水谷からスイッチバックで上りさらに300mのインクラインで上り上部軌道に連絡して松尾谷まで延びていた。
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1969(昭和44)年8月の水害で軌道が壊滅する3か月前に撮影された国土地理院の航空写真。
水谷の上にもスイッチバックやインクライン、さらにその先の上部軌道も写っているものの泥鰌池上の辺りがわかりにくい状態。

joganji-map2.jpg
常願寺川軌道の線路を赤線で書き加えるとこんな感じ?途中トンネルが2か所あったようですが現在も人知れず残っているのでしょうね。

富山営林署の車両数一覧
富山営林署には通常の運材を行う762mm軌間の長棟森林鉄道も存在したので車両数は一緒に統計を取られているものと見られる。
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1977(昭和52)年8月に千寿ケ原の常願寺川治山事業所の車庫で松岡産業製のDLとGL(No.41)が撮影されており、営林署の軌道が完全撤去された後もしばらくは保管していた。
DLは保存予定で搬出されたものの、結局保存展示は実現しなかったとのこと。

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森林鉄道(名古屋営林局) | 21:07:29 | Trackback(0) | Comments(0)
富山営林署治山事業専用常願寺川軌道~その1~
育児と小坂森林鉄道研究会の活動とで更新が止まってますが、久し振りに一つ木材搬出に使われない異色の森林鉄道ネタで行きます。
現在も国交省の砂防軌道があることで知られた立山カルデラ。
かつては国交省(当時は建設省)の軌道だけでなく、林野庁の富山営林署治山事業専用常願寺川軌道も通っていました。
当時の松岡の機関車などは見ることが叶わず、現地に立ち入りもできないので写真が乏しいです(T T)

① 立山カルデラの砂防、治山事業
立山カルデラは1858(安政5)年4月9日(旧暦2月26日)に起きた飛越地震による大崩壊(鳶山崩れ)以後、膨大な土砂が不安定な状態にあり、立山カルデラから流れ出る常願寺川を通じ、富山市などの都市部や穀倉地帯を抱えた越中平野に土石流を起こす危険を孕んでいる。
明治期より富山県が砂防工事を行っていたが、1926(大正15)年より内務省(後の建設省、現 国土交通省)直轄で事業が行われるようになり、1927(昭和2)年より砂防軌道による資材輸送が始まった。
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内務省とは別に立山カルデラ内の国有林では1916(大正5)年より農商務省(後の農林省、現 農林水産省)山林局富山小林区署による湯川本流及び松尾谷の治山工事が始まった。
1938(昭和13)年に一旦中断されるまで堰堤や護岸工事が行われたが、この頃は山林局の治山事業用の軌道は敷かれていなかった。
立山国有林での砂防事業が再開されたのは戦時中を挟み、林政統一により名古屋営林局富山営林署となった後の1952(昭和27)年のことで、長期の治山事業計画に基づき、軌道の敷設が行われる。

② 治山事業専用常願寺川軌道
1952(昭和27)年度より1954(昭和29)年度にかけ建設省の立山砂防軌道終点の水谷から国有林の事業地である湯川、松尾谷までの軌道や通信線、宿舎の建設工事が行われた。
工事の詳細は以下の表の通り。
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全長6,070mで水谷からスイッチバックで上り、全長300.5mのインクラインを挟み、松尾谷までの上部軌道と連絡した。立山砂防軌道と直通するため、非電化の軌間610mm、ガソリン、ディーゼル機関車が使用された。
森林鉄道2級線ではあるが国有林で産出する木材輸送のために敷かれた他の路線とは異なり、治山事業専用の異色路線だった。
1955(昭和30)年度から本格的な治山事業が始まり、軌道は湯川の砂防堰堤の資材などの輸送に使用された。
しかし1969(昭和44)年8月の集中豪雨により建設省、林野庁の砂防施設や軌道は大きな被害を受ける。
常願寺川軌道も全線が寸断され、翌1970(昭和45)年度の作業資材はヘリにより行われ、その後の湯川での治山事業は見合されることとなった。
常願寺川軌道は1976(昭和51)年度まで存続したが実質開店休業状態だったものと見られる。


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森林鉄道(名古屋営林局) | 21:37:50 | Trackback(0) | Comments(0)
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