■プロフィール

にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリー
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

■ブロとも申請フォーム
Ads by Google
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
開田高原
木曽の開田高原に行ってきました。
御嶽山の麓に広がる爽やかな高原地帯です。現地は21〜22℃という信じられない気温(因みにその日の名古屋は34℃だったとか・・・)でした。
途中で名産の岩魚や蕎麦、ソフトクリームを食べながら廃線巡りというのもいいものです。
家族連れでも不評を買わずに済むのではないでしょうか(笑)

080713_1.jpg
開田マイアスキー場近くの冷川(つべたがわ)に架かる森林鉄道の木橋。
冷川というだけあって川の上はひんやりとして寒いくらいです。

080713_2.jpg
かつての木曽森林鉄道のエース。酒井工作所製のC4型ディーゼル機関車とC型客車が綺麗に整備されていました!以前は荒れ放題だったのですがすっかり見違えました。やはり格好いいですね〜♪

080713_3.jpg
願わくばこちらの湘南フェイス側を前に向けて欲しいなあ・・・というのは流石に贅沢過ぎますか?
当時のディーゼル機関車としてこのデザインは何ともスタイリッシュ!旅客輸送をやっていた軽便鉄道でもこんな機関車はいません。

080713_4.jpg
林鉄と関係ありませんが高原らしい風景を。夏の間もう帰りたくないよ〜(^ ^;)

080713_5.jpg
御嶽山をぐるりと回って岐阜県へ。
深く険しい山に囲まれた濁河(にごりご)川へやってきました。川は県道から500mも下を流れているのですが、そこへアプローチする林道は車両進入禁止。よって徒歩で延々30分以上歩いて谷底まで下りました。しかし景色はいいし、木の香りが漂って和みます。

080713_6.jpg
そんな奥地の谷底へ何をしに行ったかというと、ここにもかつて森林鉄道・・・小坂森林鉄道濁河線上部軌道が通っていたためです。
この鉄道は他の路線とレールの接続がなく、索道(リフト)を介して本線とつながっていた秘境鉄道でした。
しかも聞くところによると1971(昭和46)年の廃止後、ほとんど線路は撤去されずそのまま残っている箇所が多いとか・・・。
もう夕方であまり奥へ行けませんでしたが濁河川に架かっていた木橋の橋台と橋脚が見えました。
数年前まではレールも残っていたそうですが、朽ちて落橋してしまったようです。

この後はひたすら夜の国道41号を南へ〜。やっぱり下界は暑いですね(- -;)

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

未分類 | 21:31:49 | Trackback(0) | Comments(2)
名鉄デキ376&北陸鉄道ED211
銘わあくすの「WHタイプ電気機関車(正面2枚窓・Hゴム改装)車体素材」を組み立てました。
前面スタイルは扉がHゴムであり、名鉄デキ376に近いタイプとなっているので素直にデキ376とすることに。

デキ376_1
ほとんど素組みで組み上げてから実車の写真を見ながら手すり類を真鍮線(0.5mm)で製作。
さらにパンタ周りについてもキットのパンタ台は使用せず実車に似せてプラ版から製作しました。
ヘッドライトは鉄道コレクション第6弾の豊橋鉄道1750系を名鉄3730系に作り変えた際に余った
シールドビームの形状がそっくりなので流用。
台車も自分で組み立てるというキットは初めてなので、車輪がちゃんと回るかなど不安でしたが、
こちらそれほど身構えることもありませんでした。

デキ376_2
取りあえず塗装が終わって台車と上回りを割りピンで止めた状態。
正面をトラジマ塗りにするといかにも名鉄電機らしくなります。非常に面倒な作業ではありますが(^ ^;)
この状態でもいいのですが上から見るとキャブの床が空洞となっているため線路まで透けて見えてしまうのが気になる!

デキ376_3
ってことでキャブ内の床板と内壁も作ってみることに。プラ板でそれらしく作ります。
車内の資料まではないのでここはテキトーです。
運転士も乗せてみました。制服が名鉄のではないですがそこまでは気にしないということで。

ED211.jpg
デキ376は残念ながら動力なしです。
ということで動力付きの機関車も欲しいな・・・とフルスクラッチで北陸鉄道ED211を作ることに。
ダブルルーフでどう見ても電気機関車らしくない外観ですが、実際元は電車という経歴を持ついわくもの。(1924年日本車両製 能美電気鉄道デ3→北陸鉄道モハ543→EB123→ED211)
ゲテモノ好きの僕にはぴったり(というよりディテールが細かくなく簡単に作れそー)という理由で製作開始。
苦労したのはダブルルーフの製作。
プラ板を重ねて削り出して、エポキシパテを盛って、削ってという順に地道に製作してます。
動力ユニットはKATOの小型車両用動力をそれらしく細工しました。

テーマ:鉄道模型 - ジャンル:趣味・実用

未分類 | 21:31:30 | Trackback(0) | Comments(0)
豊橋鉄道ク2282
ク2282の上回りがほぼ完成しました。
まだ未熟者ゆえ稚拙なできですが(- -)
しかも側板の前後間違ってるし・・・orz
まあ側板の間違いは目立たない程度なんでまあ・・・いっか。

ク2282-1
豊橋行きの行き先表示は名鉄のを流用しました。

昭和40年頃の姿を再現するということでいくらかディテールアップを試みました。
1.旧型車風のドア表示灯を製作。(大き過ぎた)
2.側扉大型ステップを追加。(1mm角のプラ棒を切っただけ)
3.豊橋鉄道型シールドビーム前照灯を製作

側面から見ると中央の側窓2枚の幅が狭いことがわかります。
ク2282-2

非運転台側、車幅が狭いため貫通部が随分と大きく見えます。
ク2282-3

この豊橋鉄道ク2280型実車の来歴を書いときます。

三河鉄道キ10型11〜13ガソリンカーとして日本車両で1934(昭和9年)製造。
挙母(現在の豊田市)〜岡崎駅前の直通列車として使用され、路面電車の岡崎市内線にも乗り入れてます。
三河鉄道の名鉄合併後はキハ150型151〜153となっていました。しかし戦時中に燃料事情が悪化するとガソリンカーによる直通運転は中止。キハ150型は代燃化(要するに木炭車化)されるか、エンジンを使わず蒸気機関車牽引の客車として蒲郡線で使われていたものと思われます。
戦後は電車の付随車化されサ2280型2281〜2283、さらに片側に運転台が取り付けられて
ク2280型2281〜2283となります。この頃に渥美線に転属したらしく、1954(昭和29)年の豊橋鉄道設立により渥美線ごと豊橋鉄道に引き継がれ、以後豊鉄の車両として歩みます。
昭和30年代半ばに片側3扉だったのが中央扉を埋めています。中央扉跡に窓を2枚作ったためほかの側窓と若干サイズの違うものとなってしまいました。
幾多の改造を受けつつ生き延びてきた3両でしたが、老朽化して車体も小さいため輸送力強化の障害となったためか1967(昭和42)年にまずク2283が廃車。1968(昭和43)年の豊鉄改番によりク2281、2282はク2000型2001〜2002となりましたが間もなくこの2両も廃車されています。
しかし廃車後もク2002は車体を高師車庫の倉庫として利用されて生き延びます。

ク2282-4
そして2005年頃までは↑のように残ってたのですが、去年の秋に行ってみると車庫の建物が建て替えられており、ク2002の姿は消えていました。

テーマ:鉄道模型 - ジャンル:趣味・実用

未分類 | 22:38:01 | Trackback(0) | Comments(0)
今年初の鉄活動
今年に入ってから模型を作ったり出かけたりしてませんでしたが今日ようやく「初鉄」してきました。
午前中は↓の豊橋鉄道ク2282を製作。
豊橋鉄道渥美線ク2282

昨秋に大須のジョーシン電気で見つけた銘ワークスの豊橋鉄道ク2280。
実車は最近まで豊橋鉄道高師車庫で倉庫として車体が利用されてましたが、
昨秋豊橋に出かけたとき見に行ってみると車庫が改築されて姿を消していました。
ということで懐かしさから衝動買いしてしまったわけですが今日まで放りっぱなしでした(- -)

午後は三岐鉄道三岐線、北勢線へ乗り鉄に。
近鉄富田から運良く旧型の601系に乗れたのですが途中保々で車両交換(^ ^;)
近鉄富田601系

伊勢治田で下車して北勢線の阿下喜駅まで歩きました。
そして今日のメインこと阿下喜に移送されてきたモニ226!
以前は四日市市の公園で保存されてましたが故郷へ帰ってきました。
モニ226


姿は変われどかつての仲間たちと並ぶ光景が見られるようになりました。
モニ226と北勢線の並び


数年前モニ226を見たときは綺麗な状態でしたが今ではあちこち痛んでます。
これから修復作業となるのでしょうか。

テーマ:鉄道模型 - ジャンル:趣味・実用

未分類 | 22:39:58 | Trackback(0) | Comments(1)

FC2Ad

FC2ブログ 転職