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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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うらにしの京都丹後鉄道
墓参りのため京都府宮津市へ~。
久し振りに名古屋圏以外で1067mmゲージの現役鉄道写真をまともに撮った気が・・・汗

P1110581.jpg
山陰本線福知山から宮福線経由で行くつもりだったのですが、時刻表を見ると西舞鶴経由でも宮津到着が4分差しかなく昔からおなじみの由良川橋梁を通りたかったこともあって綾部で舞鶴線各停に乗り換え。
ここで現れたのが久し振りの113系。クモハ113-5302に乗車して西舞鶴へ向かうと急に天候が悪化(爆)
「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるあのどんよりした「うらにし」と呼ばれる空模様に。

P1110600.jpg
時折小雨が降る西舞鶴で京都丹後鉄道乗り換え。列車の運行が北近畿タンゴ鉄道から移管されてから初乗車。
待ち時間の間に西舞鶴機関区の片隅に佇むKTR001形タンゴエクスプローラーを撮影。
新車で登場した頃からよく見知って何度も乗った車両がこんなになってしまっているのを見ると何だか・・・ねぇ。
JR宮津線が北近畿タンゴ鉄道に移管された1990(平成2)年富士重工業製なのでもうすぐ登場から30年。
左がKTR001の第1編成で既にエンジンも外されて運用離脱しているそう。
右のKTR011編成は定期運用こそないものの特急用KTR8000形の代走が12月中にもあるそう。

P1110605.jpg
1996(平成8)年富士重工業製のKTR8000形はタンゴディスカバリーから「丹後の海」に改装されて特急車の主力。
KTR001は3両固定編成なのに対しこちらは2両編成で使い勝手が良いのでしょうか。

P1110608.jpg
宮津までは普通のKTR800形KTR803に乗車。
こちらもタンゴエクスプローラーと同じく1990(平成2)年富士重製。
普通の富士重タイプLE-DCと異なり前照灯が3灯で屋根が丸っこいオリジナルタイプ。

P1110633.jpg
墓参りを済ませた後に宮津駅近くでKTR700形KTR703も撮っています。
こちらも1990(平成2)年富士重製。
KTR700とKTR800の違いはKTR700がトイレ有、KTR800がトイレ無し。
KTR700、800共一般車ですが枕バネエアサスを履いて当時の三セク一般型DCとしてはかなり贅沢なつくりだなと思ったもの。
タンゴエクスプローラー導入にせよ当時まだバブル期だったこともあるのでしょうか。

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

関西私鉄 | 22:45:48 | Trackback(0) | Comments(0)
12月7日ひめしゃがの湯活動報告
12月7日(土)の作業風景~
酒井5t機No.118整備で運転室の床下の御開帳。

P1110825.jpg
運転室が高床式で狭くなっている原因が露わに~。

P1110828.jpg
エンジンと逆転機の間にトルクコンバータが挟まっているためマニュアル機ではエンジンルーム内に収まっている逆転機が運転室のスペースを侵略しています。
上の画像はニュートラルになっている状態。
2本見えるパイプはブレーキ管。
右の太い方が元空気だめから運転席のブレーキ弁へのパイプ。
左の細い方はブレーキ弁からエアホースを介して他の車両と連結される自動空気ブレーキのパイプ・・・現在は使っていません。

P1110834.jpg
ブレーキ管の上に続くブレーキハンドル。
三菱電機1963(昭和38)年製のSA型自動空気ブレーキという森林鉄道用のブレーキ装置。
SAはShinrinAirの頭文字を取ったものだそうな。
3本のパイプは左から自車に効く直通ブレーキ(単弁)、自動空気ブレーキ(自弁)、元空気だめ管。
機関車の製造年1957(昭和32)年より6年新しいです。最初から自動空気ブレーキ付きだと思ってましたが後でエアブレーキ化改造されたのか、ブレーキ弁装置だけ交換したのかは不明~。

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小坂森林鉄道保存活動情報 | 14:50:23 | Trackback(0) | Comments(0)
日本通運専用線(高山本線上麻生駅)~その2~
間が開きましたが高山本線上麻生駅の側線、専用線の後編~。

P1110538.jpg
駅前側の富山方にある貨物ホームと側線。
60年近く前に貨物側線、専用線としては使用されなくなっているはずですが保線用側線として現役。
この先高山本線は飛水峡の険を抜けるためか保線の最前線基地としての役割もあるよう。
応急処置用のガーダーが2本置かれています。
かつてはガーダーが積まれている側にも側線があったように見受けられます。

P1110539.jpg
上に積まれた桁には鐵道省、日本橋梁株式会社製作、昭和十四年などの文字が入った銘板が付いています。

P1110541.jpg
貨物ホームの奥にはコミュニティバスの車庫が見られますがここも土場の跡地?

P1110542.jpg
富山方で下り本線と合流する側線。

kamiaso.png
岐阜県統計書(岐阜県)を元に作成した年度別の上麻生駅貨物取扱量。
七宗森林鉄道縮小期以後のデータしかないためか発着量ともに非常に少ない状態。
それも1960(昭和35)年度を最後に無くなり、翌1961(昭和36)年8月1日には貨物営業廃止となっています。

●七宗御料林と七宗森林鉄道
七宗町には江戸時代尾張藩領の御林山がありました。
名古屋城が火災に遭ったときなど非常時のための備蓄林があり、明治には皇室財産の御料林に指定。
御料林の規模は小さいものの1935(昭和10)年には室兼~佐口谷4,852mの森林鉄道も敷設されてガソリン機関車による運材が始まっています。

DSC_0573_201912052214530fc.jpg
七宗森林鉄道が岩の間を縫うように通っていた「空のふさがり」。
このアングルで加藤製作所製の代燃装置付ガソリン機関車が写された写真があった。


七宗の御料林は太田出張所、戦時中に統廃合が行われた結果1941(昭和16)年1月1日には下呂出張所所管となり戦局が悪化している中でも御料林から袋坂方面に出る林道が開通し飛騨金山方面へ搬出するルートが完成。
恐らくこの林道開通により森林鉄道→トラック→上麻生駅のルートからトラック→飛騨金山駅のルートへの移管が進んだ結果上麻生駅の貨物取り扱い量が減ったのではないかと思われます。

戦後1947(昭和22)年4月1日の林政統一により七宗御料林は国有林となり下呂出張所から岐阜営林署へと管轄が移っています。
旧帝室林野局系の御料林や林鉄は大抵そのまま元の帝室林野局の出張所が営林署に変わって引き継がれることが多いのに対し七宗の場合は下呂出張所改め下呂営林署に引き継がれることなく旧山林局の岐阜営林署に引き継がれました。
(国有林は林鉄廃止後1962(昭和37)年に下呂営林署へ再移管)

1935(昭和10)年度    七宗軌道4,852m開設
1941(昭和16)年1月1日 太田出張所廃止→下呂出張所へ移管
1943(昭和18)年7月1日 七宗軌道→七宗森林鉄道(乙)に改称
1945(昭和20)年頃    袋坂経由の道路林道開設
1947(昭和22)年4月1日 林政統一。七宗御料林、七宗森林鉄道は岐阜営林署に移管
1953(昭和28)年度    七宗森林鉄道1,676m撤去
1956(昭和31)年度    七宗森林鉄道440m撤去
1957(昭和32)年度    七宗森林鉄道全線撤去

車両は1954(昭和29)年度時点でガソリン機関車2台、運材貨車36台がありました。
路線撤去が進むと1956(昭和31)年度には半減してガソリン機関車1台、運材貨車18台、全線撤去後もそのまま車両はしばらく保管されていたのか1958(昭和33)年度まで在籍車両数はそのままでした。

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専用線跡 | 22:33:05 | Trackback(0) | Comments(0)
No.118公開日情報 2019年12月7日(土)
No.118公開日情報
12月7日(土)に岐阜県下呂市小坂町のひめしゃがの湯で機関車、運材貨車の整備作業を行います。

P1110567.jpg
当日は日頃カバーを掛けているNo.118の覆いを取って展示、キャブ内の一部塗装、錆びて固着した運材貨車の復旧作業などを行います。
作業は10:00頃~15:00頃(12:00~13:00頃に昼休み)に実施予定です。
※悪天候の場合はNo.118のカバーを取って公開することができませんので悪しからず(_ _)

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小坂森林鉄道保存活動情報 | 22:46:02 | Trackback(0) | Comments(0)
日本通運専用線(高山本線上麻生駅)~その1~
何を運んでいたのか調査が難しい通運会社名義の専用線。
専用線一覧表では1951(昭和26)、1953(昭和28)年版で確認しており、1957(昭和32)年版ではもうなくなっています。
七宗森林鉄道(1957(昭和32)年度全線撤去)があった七宗御料林→国有林の最寄駅なので木材搬出が最有力候補。
航空写真でも土場に木材が積んであるように見えなくもないです・・・(^ ^;)
あるいは近くの上麻生発電所資材輸送と言うのも考えられますが発電所建設は1926(大正15)年なので建設資材輸送と異なりメンテナンス資材搬入に専用線まで必要かはやや疑問。

作業キロ:0.1km
作業方法:手押

P1110557.jpg
現在の上麻生駅。
駅舎は極小レベルになっています。待合室も密閉構造でなく冬場にこれはちときついのでは(- -)

P1110558.jpg
駅前はかつて駅前旅館や商店だったのだろうなと思われる家屋やその跡地になって閑散としています。
上麻生は飛騨川と神淵(かぶち)川が合流する谷間に開けた町で七宗町の中心地。
美濃加茂市や可児市のある盆地に飛騨川が流れ込む入口に当たります。

P1110547.jpg
跨線橋より岐阜側を見た様子。

P1110548.jpg
同じく跨線橋上より富山側を見た様子。
専用線があったのは左のガーダーが積んである場所と見られます。

P1110533.jpg
駅前広場の富山側にはC12 163を保存した展示館が建っています。

P1110534.jpg
この辺だと越美南線はC10、11で、C12は中央本線各駅の入換や明知線のイメージ。
なお一番違いのC12 164が大井川で動態保存されていましたがそちらは木曽福島区配置が長く主に中央西線各駅の入換機として活躍していました。

P1110535.jpg
C12 163の説明板。
補足すると新製時は広島局配備、その後は小松島や徳島、高松、松山など1967(昭和42)年頃まで四国を中心に活躍していましたが1939(昭和14)年頃に滝川機関区(函館本線)、1941(昭和16)~1942(昭和17)年頃に美濃太田機関区に配備されていたことがあるようです。
その後は北関東、南東北方面に移り平機関区配備、その後の高崎第一機関区時代には無煙化直前の足尾線で活躍。
1970(昭和45)年の足尾線無煙化後は小郡機関区に移り1971(昭和46)年に休車、最後は保存のため名義を稲沢第一機関区に移して3月15日に廃車されています。

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専用線跡 | 23:15:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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