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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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近江鉄道近江本線日野駅の貨物側線~その1~
以前はクハ1212の旧車体やタッグローダーが藪に落ちていた近江鉄道近江本線日野駅。
駅舎は旧設計のまま部材も利用して昨年改築されました。

P1010992.jpg
日野駅の駅舎。
平や木造のオーソドックスな建物、近江鉄道標準なのか以前の高宮駅もこんな建物でした。
なお内部は駅務室の位置が向かって左から右入れ替わりかつての駅務室はカフェなど多目的利用の共有空間になっていました。
日野町は近江商人の中でも資力に富んだ日野商人の町、近江鉄道創業時も資金面や経営面で多大な貢献があったのですが駅は市街地から遠く離れたところに置かれています。
改札の天井には向かって右にあった貴賓室の豪壮な格天井が移されて一般の目に止まりやすくされていました。
当時会社の上層部には旧・彦根藩士が就いていましたが「資金力もない士族など何ほどのものか」という近江商人たちの隠れた対抗意識が感じられます。

P1010999.jpg
米原方から見た様子。
日野駅は2面3線で貨物待避用に中線を有しこの点でも高宮駅とよく似ています。

P1010995.jpg
貴生川方から見た様子。
右には側線と貨物ホーム。

P1010984.jpg
駅舎寄りにはかつてのLEカー運転時の車庫と給油設備が残ります。
ローカル電化路線にLEカーを導入し合理化を図った名鉄と近江鉄道でしたがどちらも小形のLEカーで朝夕混雑時の対応に苦慮しています。名鉄はLEカーを大型化、3扉車も導入しましたが近江の場合は電車運転に戻しました。
結局名鉄のLEカー路線は廃止され、近江鉄道も電車運転で残っているとは言えあまり芳しくはない様子。
15年前の学生時代と比べて近江本線の運転本数が減って乗るときに予めダイヤを調べて置かないと待ち時間が大きくなりました。
まあ15年前じゃスマホでダイヤを簡単に調べることもできなかったので当時と現在で利便性はさほど変わらないかも(^ ^;)

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貨物側線 | 23:09:43 | Trackback(0) | Comments(0)
上前津東公園の名古屋市電179号車
名古屋の下町の繁華街大須に程近い上前津東公園。
マンションの谷間のような小さな公園に60年以上前に廃車された名古屋市電179号車のダルマが残っています。

P1020374_2018061923410065c.jpg
老朽化した木造単車のLSA型の内54台を1935(昭和10)~1939(昭和14)年にかけ名古屋市電気局西町工場(熱田区一番3丁目 日比野中学校南校舎付近)で半鋼製車体化改造した151~204号車。
その内の1937(昭和12)、1938(昭和13)年に工事が行われた171~190のグループの1台です。
現在は台車が残ってませんが現役時はブリル21Eを履いていました。
meicity-179.png
元を正すと市営化前の名古屋電気鉄道時代1918(大正7)年3月~1919(大正8)年4月に車体を自社製造した木造単車191~204号車グループの197で鋼体化時に179に番号が振り替わったようです。
1952(昭和27)年には集電装置をポールからビューゲルに交換。
同年10月当時179号は高辻車庫に在籍しており名古屋南東部の路線で活躍していたものと思われます。
そして1956(昭和31)年11月25日名古屋市電の営業用単車全廃により廃車されました。
廃車後ずっと上前津に置かれているのかどうかは分かりません。

P1020372.jpg
車体は1937(昭和12)年登場のボギー車1400型とよく似ており戸袋には名古屋市電特有の剣先窓もありますが1400型はリベット無し、張り上げ屋根のスマートな車体だったのに対し市電お手製の車体はリベットごつごつで屋根も布張りで野暮ったさが残ります。
名古屋で廃車後16台が豊橋鉄道に譲渡されモハ500型501~516として1966(昭和41)年まで使われています。
豊橋で廃車された中にもダルマ化されて残ってる車体があるそうな。

P1020370.jpg
外板下半分にトタンが張られ何だか木造電車のような趣。
なお名古屋市電の緑と黄色がかったクリームのツートンカラーはこの171~190号が初めてだったとか。
当時はクリームと言っても戦後の名古屋市電より黄味の強い色だったようです。

P1020369.jpg
乗務員スペース側面にあった細い剣先窓と前面窓は埋められています。

IMG_7380.jpg
以前は錆止めの色そのままでした。
2005(平成17)年4月2日撮影

IMG_7378.jpg
方向幕を埋めた跡がよくわかります。
2005(平成17)年4月2日撮影

DSC_0223_201806202248485f7.jpg
ドアや窓サッシ交換の上ツートンに赤帯塗装となっていた179号車。
名古屋市電の赤帯はワンマン電車の意味でした。
名古屋市電では1954(昭和29)年2月28日に日本初のワンマン電車を下之一色線で運行開始してますが単車はワンマン化されてなかったのでこの赤帯はやり過ぎでしたね(^ ^;)
2010(平成22)年6月20日撮影

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名古屋市交 | 23:00:41 | Trackback(0) | Comments(0)
釜口水門のプリムス4t機
岡谷市釜口水門のプリムス。
アメリカオハイオ州のフェート・ルート・ヒース(Fate Root Heath)社製のガソリン機関車。
円盤をこすり合わせるだけの変速機工フリクションドライブが特徴的な4t機。
未だにBudaのガソリンエンジンを積んだでいる点も貴重です。
1923(大正12)年製造で当初は内務省に納入された様子。
名古屋土木出張所太田川改良とあるのですが名鉄常滑線の太田川付近のことでしょうか?
岡谷組には1928(昭和3)年頃払い下げられた様子。

P1020299.jpg
上回りは戦後オリジナルから大きく改造された様子。

P1020298.jpg
台枠の陽刻最下段最後にある"CLI"はメーカー形式と思われます。
CLは3.5~4tクラス、最後のIはエンジンのメーカーを表すはず・・・となると現在のBudaのエンジンは換装されたものということに?
イニシャルがIのメーカーってどこだろう?
因みにエンジンの例としてはブダ(Buda)、クライマックス(Climax)、ハーキュレス(Hercules)、ウォーケッシャ(Waukesha)などが挙げられます。
plymouth-fl-2.png plymouth-fl-1.png
例えば帝室林野局に多かったFL型でハーキュレスのエンジンを積んだら"FLH"型になります。

P1020300.jpg
外から見えるブダのエンジン。

P1020301.jpg
真正面から見ると後の酒井機そのもの。酒井や加藤の機関車の原型はここにあります。

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ナローゲージ | 00:11:49 | Trackback(0) | Comments(0)
定光寺お出かけ序でにEF64 1023
今日は用事で定光寺へ。
中央本線貨物が上下とも来る時間帯なのでちょっと駅で撮影してから。

P1020393.jpg
コンテナの81レの牽引機はピカピカの国鉄色EF64 1023。
検査上がり立てで5月26日の大宮工場公開イベントでも展示されたそうですね。
職場から20km圏内なのに木曽路並みの深山幽谷の雰囲気が味わえる好きな駅です。

P1020411.jpg
愛知・岐阜県境の愛岐トンネルから出てくる石油返空3084レ。
EF64 1005の汚れ具合が逞しい貨物機らしいですね。

P1020419.jpg
今日の用事は駅から25分ほど歩いた定光寺自然休養林でした。
王滝森林鉄道の協三10t機長野営林局上松運輸営林署No.127
日本農林製の運材貨車、客車台車は遠山森林鉄道に行って機関車だけが残った状態。

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ポツンと1台だけ佇むことになっています。

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用事終了後帰宅中に神領で降りてしまいました。

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愛知環状鉄道2000系が神領区に入庫中なのが見えたもので。
神領には名古屋臨海高速鉄道ことあおなみ線1000形も来るので意外と他社線車両の乗入を見ることができます。

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JR貨物 | 23:02:39 | Trackback(0) | Comments(0)
野辺山SLランドの井笠7とTMC
野辺山SLランドで静態保存されているコッペルとモーターカー。

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井笠鉄道のCコッペルと岐阜工事局の富士重TMC200。変わった組み合わせです。

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まずは井笠鉄道の7号機。
独オーレンシュタイン ウント コッペル(Orenstein und Koppel)社1925(大正14)年製のCサイドタンク機。
自重12.19tと現在でも残る軽便コッペル機では結構大きめ。

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井笠鉄道で1955(昭和30)年10月の廃車まで活躍しました。
今は丸瀬布にいるホハ13、1418、19を牽いて走っていたのでしょうね。

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井笠で廃車後も鬮場(くじば)車庫で保管され1961(昭和36)年頃より兵庫県内で保存、保存先は転々と移っていたようで流れ流れて2003(平成15)年に野辺山へたどり着いたようです。

P1020241.jpg
岐阜工事局 土車モ-200。
富士重工業1965(昭和40)年製のTMC200AS。自重は13t。
近江鉄道モ245と同タイプですがこちらは前面3枚窓でキャブ後方に貨物室か客室(?)らしきスペースがあり折り戸が付いてるのが特徴的。
オレンジ色なので鉄道建設公団のモーターカーを連想しますがこちらは国鉄の岐阜工事局のクルマ。
国鉄の工事局は主に鉄道の線路工事を行ってましたが鉄道に関係ない道路、橋梁工事も請け負っておりその実態がよくわかりません。

P1020245.jpg
千葉県の個人所蔵を経ての入線らしいですが岐阜工事局というと東海道本線清州駅の旧敦賀セメント専用線にオレンジ色の保線車を大量に保管してましたがそのうちの1台なのでしょうか?因みに検査標記は「甲検 昭和55年11月」とかなり古いです。
岐阜工事局は後にJR東海建設工事部となっていましたがこの側線も最後まで残っていたバラストスイーパが姿を消しました。

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保存車 | 22:48:42 | Trackback(0) | Comments(0)
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